第69話 共生偏差値
──誰と生きるかじゃない、“誰に合わせて生きられるか”だ。
全国統一模試、はじまる。
その日は、全国の中学三年生にとって、人生を決める最大の一日だった。
年にニ度行われる「全国統一蟻共生知能模試」。通称「蟻共模試」。
会場となった市立中学校の体育館には、蟻避け加工が施された机が等間隔に並び、中央に「共生守観察員」が立っていた。
監督の教師がマイクで言う。
「今年も、共生偏差値で進路が決まる大切な試験です。皆さん緊張せず、相手の立場を尊重して、丁寧に答えましょう」
ざわめきの中、風間蒼真は息を潜めるように席についた。
「……これ、落ちたら、またあいつらに何か言われるかわからないからな…」
隣の席から、くすくすと笑い声がした。
「風間、また共生E判定だったら、“蟻避けスプレーの人”って呼ぶぞ。」
蒼真は小さく肩をすくめた。
『蟻の気持ちになれ』
問題用紙を開くと、表紙にはこう書かれていた。
> 問1:あなたは朝、通学中に巣からはぐれた蟻に遭遇しました。 その蟻が“あなたの靴下に登ってきた”ときの適切な対応を選びなさい。
A. 軽く払う
B. 見守る
C. SNSに投稿して注意を呼びかける
D. 足を動かさず、進路を確保するまで耐える
蒼真は迷った。去年はAで「配慮不足」とされた。だがDだと「過剰尊重」の危険性がある。
問題はまだ続く。
> 問6:あなたが飲食店で蟻が料理に紛れているのを発見しました。正しい行動は?
>問11:蟻が教室内を徘徊しています。あなたの机の上に登ってきました。どうしますか?
> 問25(記述):あなたの机の下で蟻同士が交尾を始めました。これを“美的行動”として表現しなさい。
「……なんなんだよ、この問題は……」
隣の女子はスラスラと書き込んでいる。
試験が終わると、昼休みに張り出された「速報順位」。
1位は例年通り、蟻との筆談ができると噂の生徒…月城光莉だった。
「さすが月城さんだね。来年には“蟻語通訳士”の一次試験、推薦だってさ」
蒼真の順位は──最下位の方から数えて三番目だった。
教室では、ざわざわと蒼真に視線が集まる。
「ねぇ、風間の隣の席、蟻が嫌がって通らないらしいよ」
「やっぱフェロモン濃い系男子って、ダメだよねー」
教師は口癖のように言った。
「共生偏差値が、人間性ですからね」
蒼真は、それを聞きながら黙って筆箱を閉じた。
帰り道。
足元の歩道に、小さな蟻の群れがいた。
避けようとした瞬間、蒼真はふと思い直し、道を変えた。
脇道に入ると、誰もいなかった。
そこにも、一匹だけ、蟻がいた。
蒼真はしゃがんで見つめる。
「……なあ、お前ら、ほんとに俺のこと、嫌いなんか?」
蟻は答えない。
けれど、逃げもせず、しばらくその場にいた。
「偏差値とかじゃなくてさ。おれは、お前らのこと、ちゃんと考えてるんだけどな……」
そう呟いた声は、誰にも聞かれていない。
でも、蟻だけは、聞いてくれた気がした。
翌週。
模試の結果が送られてきた。
封筒を開くと、やはり偏差値は“38”。
赤字で【対蟻理解度:c-】【共生危険度:高】と書いてあった。
結果はD判定だった。
前回よりは一つ上がっていた。
だが、もう蒼真は目を背けなかった。
「俺は、点数が低くても、ちゃんと共生しようとしてるんだ」
机の中の参考書を開いた。
そこには書いてある。
“真の共生とは、点数で測るものではない。
だが、社会はいつも『測れるものだけ』を信じたがる”
そう書いたのは、去年の蟻語通訳士試験の主席合格者だった。
その名は、風間蒼真の将来の姿でもあった。
そして…蟻は今日も風間蒼真を避けて行く…。




