第66話 踏痕展(とうこんてん) - 足跡の美学
国立近代美術館・共生棟。
壁一面に張り出されたキャンバスの中央には、わずか数ミリの茶色い点があった。
それは“蟻の足跡”だった。
「この軽やかな踏み込み、これは“希望”を意味しますね」
アート評論家・名越が、観客の前で静かに語る。
指差したのは、無地の白紙にわずかに擦られたような足跡。
「この作品《第7列個体・通過痕A》は、食後の巣帰り途中で残された痕跡です。 反復と、逸脱。その間に生じる“即興性”こそが、芸術の真髄です」
観客たちは大きくうなずき、感嘆し、スマホで一斉に足跡を撮り始めた。
一方、清掃員として美術館で働く男・早川は、控え室の隅で黙ってそのニュースを見ていた。
──それ、俺が捨てた紙じゃん。
足跡がついたただのコピー用紙に、休憩中にコーヒーをこぼして拍子に濡れ、それを拭いたあとにその辺に捨てた紙だった。
たまたまその紙に、一匹の蟻が通っていたのだった。
その後、美術職員がそれを“発見”し、こう称したのだ。
「この足跡の配列、角度、時間帯。すべてが奇跡的なバランスです」
「人間が“気づかず”に捨てたという事実も含め、現代社会への警鐘としての力がある」
そして、それはいつの間にか作品名までつけられ、美術品として飾られていたのだった。
翌週。早川の自宅ポストに投函されたのは、「文化破壊者認定通知」だった。
SNSではすでに拡散されていた。
『踏痕アートを“ゴミ”として処理』
『職員が説明するも、「ただの汚れ」と芸術感性の低さ』
『共生意識ゼロの人物が、美術館に勤務しているという恐怖』
諸々の経緯から早川は勤務先では部署異動となってしまった。
清掃から“蟻導線維持係”へ。
蟻が通る導線を列をはみ出さないように警備し交通誘導する係だった。
ある日、早川は展示室の裏で名越とすれ違った。
「この世にあなたのような人がいるから、作品に“意味”が生まれるんですよ。否定こそが、新たな表現を照らすのです。」
名越は皮肉めいたような、あるいは本気なのか、わからない不適な笑みを浮かべていた。
帰り道。
誰もいない公園のベンチに腰をかけ、早川は呟いた。
「足跡が、芸術で……それを捨てたら、俺は社会不適合者かよ」
「じゃあ、俺の足跡は? 俺の生きた証は?」
黙って地面を見た。砂の上に、自分の靴跡が伸びていた。
その隙間を、小さな蟻が一匹、通り過ぎていった。
ふと、その蟻が去った後を見て、早川は立ち止まった。
それは、かすかに濡れた地面に、8つの足跡を残していた。
人がいない今なら、誰もそれを“意味づけ”しない。
「ふっ……綺麗じゃねぇか」
そう呟いて、早川はその跡をそっと足で消した。
その夜、美術館の公式SNSに新しい投稿があった。
《通称:踏痕X(確認者不明)》
「誰かが“鑑賞もせずに”消した奇跡の作品として…その行為自体が、逆説的に価値を生んでいる」
そしてコメントには、こう書かれていた。
「人間は、芸術すらも踏みつけなければ、生きていけないのかもしれない」
そして今も、どこかで蟻は何も気にせず歩いている。
そして…その足跡に、後に人間が“意味”を与えるのを、知ってか知らずか…。




