第6話 間取り:成人男性・脳1LDK
「さあさあ、本日は築26年の男性個体をご紹介いたします!」
高らかな声が脳内に響く。
見下ろすような視点――そこは、男性の頭蓋内。
中央には、やや南向きの脳梁。明るい。
扁桃体には収納スペースあり。視床下部は広く、浴槽機能を備える快適仕様だ。
数匹の“内覧希望者”が列を成していた。
いずれも勤労経験あり、思考適応度高めの実用主義型。
このところ、都市部では「脳内シェア物件」が人気である。
一匹が、触角を左右に振る。
「……ここ、トラウマ臭強くない? 扁桃体の周囲、フェロモン反応が過敏だ」
「前の居住意識との共鳴、まだ残ってるな。掃除、入った?」
案内係の蟻が、すかさず応じる。
「ご安心ください。当社提携の《再記憶施工業者》が旧記憶を完全除去済みです。
感情連動は遮断済、意思干渉率も平均2%以下。ノイズは最小限です」
別の蟻が満足げにうなずく。
「じゃあ俺、ここにするわ。脳梁の回線が広くて整ってるし、社会順応歴も安定してる。温度もいいし」
その夜、正式な“契約”が結ばれた。
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Z-19コロニー・構造工学部門
《新規内蔵開発計画》
物件:人間個体 No. Z19-KEI03
開発種別:居住用小型巣群(グループ居住向け)
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脳梁中央に女王室、視床下部に兵蟻詰所、扁桃体周辺に倉庫兼監視塔を設置。
それぞれが配置図を確認しながら、慎重に作業を進める。
「この個体、海馬ほとんど使ってないな。ここ、ラウンジにできるな」
「視神経ルートも広い。通気性よし。ホルモン値安定」
「ミジンコレベルの恐怖記憶が残ってるが、まあ調整範囲内だな」
微細な兵蟻たちが、静かに、しかし確実に「物件」を加工していく。
脳は“区画”であり、神経網は“配線”。血管は“上下水道”にあたる。
彼らにとって、人間の身体は、資源であり、不動産だった。
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東京都内、とある企業の総務部。
アリヤマ・ケイは、その日も“完璧”だった。
過不足なく、失敗もない。遅れも、雑さも、ムラもない。
誰も彼に違和感を抱かない。
ただ、ひとつだけ――座っているときの背筋が、異様なほど“まっすぐ”すぎるのを除けば。
PCに向かう彼の手は、まるで機械のように打鍵を続ける。
「アリヤマ、最近また精度上がったよな」
「感情の起伏がなさすぎて、逆に安心するわ……人じゃないみたいで」
だがその体内、視床下部では、数十匹の兵蟻が同時作業を行っていた。
「ホルモン値、上昇。命令反応、理想的」
「交感神経回線、増設完了。反応速度アップ」
「この中脳、意外と落ち着くな……ここ、寝室にしようか」
ある兵蟻が、窓から外を見てつぶやいた。
「この物件、ほんと当たりだわ。前に入った40代のやつ、扁桃体がカビてたもんな」
「だよな。ストレス過多で排熱も効いてなかったし」
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夜。社員寮。
アリヤマは歯を磨き、顔を洗い、定型どおりの手順でベッドに入る。
彼の目が静かに閉じられた瞬間、“内部”で活動が活性化する。
分泌音。移動音。同期信号。
《入居ログ:23:05 新規兵蟻 3体 睡眠中に視神経ルートから入室完了》
《空室率:17%まで低下》
兵蟻たちは軽やかに、神経回線を行き交い、情報を集積する。
その様は、まるで小さな祭りのようでさえあった。
「築年浅くて配線キレイって、ほんと得だな」
「ただ、そろそろ容量厳しいな。成人男性でも限界あるし……次、広めのとこに移ろうか」
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Z19・資源管理局
《人体内居住地開発レポート》
居住性評価:★★★★☆
拡張可能性:高
感情抑制度:安定
社会適応度:理想的
✅ 「脳1LDK物件、順調に運用中。次期モデルでは2LDK(感情・性欲両制御)導入予定」
✅ 「優良物件拡大フェーズ、近日開始」
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その頃――都内。
大型モニターに、就職活動イベントの広告が流れていた。
「『働ける体』を、今こそあなたに」
「築年浅・脳梁広め・ストレス耐性高め」
「未経験歓迎。住み心地、あなたの中からチェック」
街を歩く、新社会人たち。
紺のスーツに身を包み、表情は明るく、笑顔もある。
だが――
その何人かは、すでに“住まわれていた”。
表面は変わらずとも、内部では日々、静かに領土が広がっていく。
誰にも見えない。誰にも気づかれない。
けれど、その“背筋の直立”が、すべてを物語っている。
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彼らはもう、自分の“中”で暮らしてはいない。
そこは、別の誰かの“巣”となっている。