表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/279

第52話 60%を超えて

記録係として最後の報告書に署名をしたのは、梅雨明けの湿った午後だった。


——全国共生社会率(順化率)、60.8%


その数字が報道された瞬間、街がわずかにざわついた。だがそれは「驚き」ではない。

“次の段階が来た”という、あらかじめ予感されていた変化への諦めにも似た受容だった。



翌日、官報が更新された。

最初のページに掲げられた新条文の見出しはこうだ。


「蟻社会優先原則に基づく都市構造再編成基本法」



一文が短くなり、言葉が簡素になる。

かつては慎重に議論されていたはずの内容が、まるで待ってましたと言わんばかりにスムーズに可決されていく。


——議員たちの背後にも、黒い粒が這っていた。



数日後、各自治体に対して「蟻適合区域」の設置義務が通達された。

公園の芝生は柵で囲われ、「人間立入禁止区域」として封鎖される。

幼稚園の砂場はアリ塚に変わり、保育士がそのまま「蟻の観察指導員」へと肩書きを変えていく。


都市部の地下鉄は、順次「蟻優先路線」へと切り替えられていく。 “蟻の移動”の際には優先的に路線が明け渡されるというわけだ。


ある駅では、アナウンスがこう響いた。

「まもなく蟻列通過のため、20分間の運転停止を行います。しばらくお待ちください。」



もう、それを聞いても誰も文句を言わなくなった。 誰もが、蟻のために立ち止まることに慣れはじめていたのだ。



記録係の男は、内閣情報局の片隅で最後の報告を打ち込んでいた。


「都市順化率、70.5%。農村部との格差縮小へ、来週より“蟻導入支援金制度”が開始される。」




視線を上げると、執務室の天井に、黒い粒がうごめいていた。

規則正しく、目的もわからずに、ただ何かを目指して進む無数の脚。


彼はもう、それに驚きすらしなかった。

「彼ら」はもう、人間より多くの空間を支配している。


そして、次のフェーズが始まることも、誰もが知っていた。



——“順化率80%に到達したとき、人間はもう、自分で考えることをやめるだろう”。


そんな言葉が、かつて学者たちの間でまことしやかにささやかれていた。


でも、今ではその学者たちですら、蟻の巣に“客員研究者”として招かれている。


「招かれた」と人間は思っているが—— 本当は、ただ割り当てられただけなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ