第5話 優良物件
Z-19コロニー中枢区「資源管理部門」──
その制御室を囲むように、判定型の兵蟻たちが螺旋状の足場に並んでいた。
彼らはそれぞれ異なる「擬態用途」を持ち、人間を分類・評価している。
娯楽や広告業界に溶け込む感情共鳴型、
上司や教師、宗教指導者の姿を模倣する指令伝達型、
恋愛や婚姻関係を通じて“巣”を広げる生殖誘導型、
制度や法務を掌握する官僚構造型。
人間社会で言う「才能」や「性格」などは、彼らにとって単なる“部品の適合率”に過ぎない。
Z-19では、人間はリソース化された所有物であり、活用可能な物件だった。
制御盤の上では、個体ごとに詳細なログが記録されていた。
歩行ルート、呼吸パターン、脳波の揺らぎ、皮膚電位の微細な変動。
それらが「快適指数(INH:Inhabitable Human Rating)」としてリアルタイムに更新されていく。
「全体稼働率は上昇中。特に都市圏の若年層は体液温度も安定していて、非常に優秀です」
老化による劣化が始まる前の脳は、再利用が効きやすい。
未使用の神経回路はそのまま“空室”として新しい用途に転用できる。
年齢、性別、神経の柔軟性、生活リズム……
それらすべてが「物件評価値」としてスコア化され、等級がつけられる。
「本日、新たに3体の若年個体が査定対象です」
兵蟻が報告を終えると、フェロモン信号が女王に届いた。
✅【空室率:32% → 29%】
✅【全体稼働率:61%】
女王は短く言う。
「優良な若年個体を、最優先で確保せよ」
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一方、都内某所。
ある就職支援サイトで、AIチャットボットがポップアップを表示した。
「あなたにぴったりの“働ける物件”が見つかりました!」
何気なくクリックした若者は、すでにエントリーを完了させていた。
面接、内定、入社。すべてがスムーズすぎるほどに進み、
断るタイミングも見つからないまま“入居”が完了していた。
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その夜、社員寮の一室。
新入社員の有山 圭は、
スーツの襟を緩め、初日の疲れをひとり味わっていた。
「……社会人って、すげえな」
カレンダーの「4月1日」の赤丸を見て、ぼそりとつぶやく。
どこかおかしいと感じる瞬間がある。
この企業を、自分で本当に選んだのか?
気づけば内定が出て、寮に入り、名札を下げていた。
……でももういいか、と彼は思う。
疲労がすべてを押し流していく。
風呂に入り、布団に潜る。
そのまま、まるで電源を落とすように眠りについた。
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有山の意識の奥。
擬態兵蟻14号“アリヤマ”が、天井を見つめていた。
その脳内では、複数の兵蟻たちがすでに“内見”を始めていた。
「前頭前野、広いな。セミナールームに使える」
「右脳と左脳の接続、少し細いな。補強しよう」
「視覚野の脇、空いてる。仮眠室でも置いとくか?」
「この個体、メンタルちょっと脆いぞ。感情制御部屋、増設な」
笑いながら神経回路を這いまわる兵蟻たち。
そして有山の夢の中には、「仕事を頑張っている自分」が映っていた。
彼は安心しきっていた。
だが、その身体はすでに“共有物件”として機能していた。
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Z-19のデータベースに、新たな物件情報が届く。
【物件番号:Z19-KEI03】
・年齢:23
・脳階層対応:6階層(構造良好)
・交信安定度:92%
・巣拡張予定エリア:脊髄基部〜視床下部
【物件番号:Z19-KAZ77】
・年齢:25
・感染試行:3回
・備考:自己認識ループによりフェロモン無効化
・処遇:再解析中
「この個体、“自分の意志に疑いを持つ”傾向があります。侵入に注意が必要です」
報告を受けた女王は、触角を微かに震わせると、静かに言った。
「かつて人間は、何かを“所有する”側だった。
だが今や──所有される側になるとは、思いもしなかったろう」
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彼らは“物件”を選ぶ。
感情や自由はもう幻想にすぎない。
この世界では、意識すらも間取りの一部だった。