第41話 糸を食む者たち
それは、環境大臣のそのひとことから始まった。
「ムカデに続き、次は“クモ”を国民の健康と地球のために活用しましょう!」
会見では、堂々と「クモ食推奨モデルメニュー」が紹介された。
タランチュラの素揚げ。
コガネグモのスープ。
そして新商品の「クロゴケグモ・ナゲット」。
メディアは再び熱狂した。
「栄養満点!繊維豊富!しかも繁殖が容易!」 「セレブはもう“スパイダーディナー”を始めてる!」
飲食チェーンも動き始める。
全国展開のファストフード大手が、クモを使ったハンバーガーの新発売を発表。
“人々は、ついにクモを食べ始めた”。
一方、石神葵は混乱していた。
ムカデの次はクモ。
しかもこの短期間で“あまりにもスムーズすぎる”流れ。
研究室のデータベースを見ると、近年、都市部でのクモの生息数が急激に減少していた。
しかしその原因は不明。農薬の影響かと疑われたが、調査では特定のエリアだけが異常に減っている。
そのエリアはすべて、アリのコロニーが膨張している場所と一致していた。
「おかしい……どう考えても、これは自然なバランス崩壊じゃない」
ある晩、研究の帰り道、葵はまた“それ”を見た。
高架下の排水溝、巣穴の入口に晒されたクモの死骸。
しかもまるで“人間の目線に合わせるように”、歩道沿いに積まれている。
「……標本じゃない。これは“ディスプレイ”だ」
蟻たちは、クモを殺して並べ、“これを食え”と誘導していたのだ。
そして、それに人間は従っていた。
SNSでは、インフルエンサーたちがこぞって「クモ初体験!」動画をアップしていた。
「うまっ!なんで今まで食べなかったの!?」 「コレ、普通にチキンでしょ! もう牛いらんわ!」
だが、その裏で、何人かの研究者が不可解な死を遂げていた。
共通していたのは、彼らが「アリの異常繁殖」と「昆虫の生態系変化」に警鐘を鳴らしていたこと。
石神葵の研究室に、匿名のファイルが届いた。
「“彼ら”は我々を操っている。これはもう“生態系”ではない、“支配”だ」
添付された映像には、都市部の地下配管に設置された無数の蟻型マイクロマシンが映っていた。
「アリたちは人間の生活網を完全に“巣”に変え始めている」
画面の最後、研究所の床下に設置されたコロニーから、一匹の蟻が這い出てきて、カメラを直視した。
それは笑っているようにも見えた。




