第40話 食卓に登る敵
今や、人類は“昆虫食の黄金時代”に突入しようとしていた。
メディアは口をそろえる。
「栄養価が高く、持続可能。環境にも優しい」
「未来のプロテイン、それが“昆虫”なんです!」
スーパーの冷凍食品コーナーにも、昆虫由来食品が並び始めた。
「スズメバチスナック」「ミルワームバーガー」「ムカデジャーキー」……どれも高価格ながら売れている。
石神葵はその流れに違和感を覚えていた。
彼女は大学で昆虫分類学を学ぶ院生。研究室では日々、都市部に生息する昆虫の生態調査を行っていた。
ある日、フィールドワークの帰り、彼女は奇妙なものを目にする。
公園の地面に、アリの列。
そのすぐ近くに、倒れたムカデの死骸。いや、ただの死骸ではない。どこか意図的に、殺され、晒されたような奇妙な配置だった。
「……巣の前に、わざと“置いた”?」
思わずしゃがみこみ、観察する。
すると、アリたちはそのムカデを丁寧に解体せず、ただ列を作って“見せつけるように”運びもせず囲っていた。
まるで、誰かに「見せている」ように。
その後も調査を重ねるうちに、彼女は気づく。
・都市部で、蟻の天敵である昆虫(ムカデ・クモ・ハチ類)が異様に減少している
・代わりに、蟻の人体コロニーも膨張を続けている
そして決定的だったのは、研究室に届いたサンプル。
「新昆虫食品のモニター」として送られてきた一袋に記された品種名――
> 【Ethmostigmus rubripes】
和名:オオムカデ。
蟻の天敵、かつては日本の里山に広く分布。
石神は理解した。
「……アリたちは、自分たちの“敵”を人間に食わせてる」
その翌日、テレビでは新たなキャンペーンが放映されていた。
「家族で食べよう、未来のごちそう!【森の恵みムカデソーセージ】新発売!」
笑顔の子どもたち。
「おいしい~!」と歓声を上げながらムカデ製品をほおばる親子。
バックには、森の中で楽しそうに遊ぶ――蟻たち。
裏で支配するのは、蟻。
「人間は理屈で動いていると思ってるつもりだけど、もう実は“誘導されて”るだけだった」




