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第4話 命令の匂い

夜のオフィス。

都心・品川の高層ビル、その37階——総合商社「東都グローバル」の本社ビルの一角。


ガラスの壁越しに見下ろす東京の街は、まるで脈打つ電脳のように、無数の光を放っていた。


デスクの灯りだけが静かに灯るオフィスフロアで、一人の男が窓際に立っていた。

左胸には、社員証。


「総合職・第七事業開発室」と書かれた名札の上に、名前が刻まれている。


——「椎名 しいな・たく


37歳。入社14年目。管理職候補。

彼は今、その社員証をまじまじと見つめていた。


「……俺、なんでこの仕事、やってたんだったっけ?」


ぽつりと呟く。

まるで初めてその言葉を口にするような、ゆっくりで、迷子の子であるような声だった。


社員証に刻まれた名前を、どこか他人事のように眺める。

その反射が、窓ガラスの中で歪む。


——まるで、誰かの仮面をしているようだった。


ふと、記憶の奥から一つの映像が浮かんだ。

学生時代——研究室で遅くまで居残り、何かに夢中になっていた自分。

「この仕組み、すげぇな……」と仲間と語り合っていた、素の自分。

だが、それが遠い“記録”のように思える。まるで別人の人生だ。


「……何で、忘れてたんだろう」


椎名は思う。

だが、その理由を“自分なりに”解釈し始める。


「そうだよ。子供じゃないんだから。現実ってやつに適応しただけだな…」


口が、勝手に整理し、肯定し始める。

理屈は辻褄が合う。だが、“感情”が伴わないまま言葉だけが前に進む。


——そう、ちょうど数分前のことだった。


突然、耳の奥に“くすぐったさ”が走った。


「……ん?」


男は眉をひそめた。

だが、すぐに違和感に気づく。指を突っ込もうとして、止まった。違う。これは、指で届くような位置ではない。

もっと奥だ…耳の奥、骨の裏、もっと脳に近い深いところで、何かが這いずっているような感じがする。


首筋に鳥肌が立った。だが、体が硬直して動かない…目だけがわずかに動く。


そして次の瞬間——頭の奥深くから、指示があるように感じた。


「“自ら考え、率先して動け”」


……なぜかその言葉に、安心した。

目の焦点が合い、背筋が伸びる。


「そうだな……俺がやりたいから、やってるんだよな」

口が勝手に、言葉を整えていく。

思考が、再構成されていく。


行動計画が立ち上がる。

「まずは、部下の田嶋に資料まとめさせて……そのまま課長会議に通す」

そう呟いた瞬間、自席のキーボードが自動的に光り始めた。

脳の決定が、マシンと同期していた。

クラウドスケジューラが、自動的に予定を最適化し、メールが送られた。


そして、彼が給湯室でコーヒーを淹れていたときにも、ふと耳元で微かな「羽音」があった。

気のせいかと思った。

だがやはり、擬態された何かが、耳の奥に入り込んでいたのだった。


椎名の聴神経のすぐそばに、一匹の微細な昆虫が蠢いていた。

それは、“微細化兵蟻びさいかへいぎ”と呼ばれる個体だった。


触角で神経伝達を読み取り、ニューロンの興奮を微調整しながら、人間の意識に“自己決定”という錯覚を与えていた。



---


【Z-19 軍事適応階層:通信ログ】

送信元:擬態兵蟻 第3群・第14号


✅ 同化対象「椎名 拓」:順応完了

✅ 自律神経干渉:中程度で安定

✅ 感情抑制:完了

✅ 同僚3名にフェロモン感染波及(接触/会話経由)


「そもそも現代の人間の脳は、思考のためでなく、言い訳や不満のために使われている。

今となっては、命令を“意志”と錯覚させることは、極めて容易なことだった。」


備考:

・“正義”や“使命”といった高次価値観による行動は、感染拡散に有効。

・対象個体(椎名)は、周囲の行動様式を「模範」として再定義させている。

・“働きすぎる人間”は、極めて感染率が高い。



---


窓の外に広がる東京。

人々は、自らの選択で働き、暮らし、生きていると信じている。

だが今や、命令は言葉でも指示書でもない。


神経の奥——意識の根本に物理的に挿入されるものになっていた。


まるで“Wi-Fi”のように、非言語的な感染が都市全体に広がっていく。

ナノフェロモンが空調から流れ込み、感染者の行動が周囲を“染めて”いく。


昼休みに率先してゴミを拾う社員。

毎晩残業を厭わない「模範的」課長。

誰も命令していない。だが、その行動が“空気”となって周囲を侵す。


一見、誰もおかしなことはしていない。

だが、“違和感のなさ”こそが、侵食の証だった。


それに、誰も気づいていない。

「やりたくてやってる」「自分で選んだ」

そう思い込んだまま、人々は今日も無自覚に働き続けている。


椎名は、そっと社員証を胸ポケットに戻す。

夜のオフィス。静まり返った37階。


窓ガラスに映る彼の顔は、満足げに微笑んでいた。

まるで、それが——自分の“意志”であるかのように。



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― 新着の感想 ―
文章おかしくないか確認させたことやあるからわかるけどこれChatGTPとかのAI使ってんだろw
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