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第35話 代償

午後、とある工業地帯跡の空き地。

かつては工場が林立していたが、いまは無人の荒野と化している。


そこには、10人ほどの男たちが集まっていた。顔には布。手にはスコップ、スプレー、火炎放射装置。


リーダー格の男が、周囲を見回しながら口を開く。


「今日から、俺たちも“踏みつける側”に戻るんだ!」

「法がどうだろうが、関係ねえ!もう我慢できねえんだよ!こんなんなら生きていてもしょうがねえ!」


仲間たちは一斉に頷き、黙って蟻塚の周囲に立った。

スコップが振り下ろされ、巣穴が砕かれる。


蟻たちは悲鳴もなく四方八方に逃げる。

だが逃がす気はない。


「蟻構成員の個体、作業中!」

「殺せ!逃がすな!」


蟻塚に向けて火炎放射器が炎を噴き、黒い点々が赤く焼ける。

人間たちは笑っていた。


「これが“生きてる”って感覚だ」

「俺たちはな、もうお前らに命令されるために生きてるわけじゃねえんだよ!」



しかし…


突如、上空に無音のドローンが現れる。

建物の陰から、全身白い装甲をまとった警備隊が現れる。


「国家秩序維持局です。全員、違反者と確認」

「第14号・第15号・第31号・第99号……複数の法令違反を確認。現場処刑を許可します」



男たちは逃げようとする。が、遅い。


一人、また一人。音もなく倒れていく。

顔が焼け、手足が崩れるようにちぎれ、残るのは肉の塊。


「たすけて……っ」



 地面には黒い死骸と、赤い肉片が散らばる。

かつての栄光も、怒りも、何も残らない。


だが、リーダーの男だけは、最後に笑っていた。


「踏みつけた感触、まだ……残ってるぜ……」



その夜のニュースでは「テロ未遂事件」とだけ報道された。

彼らの名前は一切出なかった。


代わりに、巻き添えで“死んだ蟻”たちの名簿と勤務経歴が、画面に整然と表示された。


《構成員個体 第A2118401号:清掃業務歴12年》

《構成員個体 第A2118402号:三児の父》



画面の下に、赤い文字が流れる。

《“蟻に優しく、人に厳しく。”この社会を、私たちは選びました》


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