第32話 ごめんな…その後
午後。灰色の空。
職場の屋上で煙草を吸っていた西山直也は、携帯のニュースを見て眉をひそめた。
『国道118号で構成員12体を轢殺。会社員の男を蟻殺傷法第14号違反で逮捕』
直也の会社の同僚だった。
佐伯俊哉。子どもがまだ小さくて、よく保育園の話をしていた。
(……マジでかよ。あいつ、いつも気をつけてる奴だったのに)
通報映像が流れている。ドライブレコーダーのぼやけたフレーム。
「明らかに回避行動を取っていない」
「構成員の命を軽視した結果」
そんなナレーションがかぶさる。
(ふざけんなよ……こんなのわかるかよ…)
その夜、直也はSNSに一言だけ投稿した。
『昨日の事故、あんなの見えるわけないだろ。どいつもこいつも事情を知りもしないで叩くな。』
翌朝。出勤途中。
駅の改札を出たところで、制服姿の男女が待ち構えていた。
「西山直也さんですね。第28号法・構成員毀損擁護罪の疑いで出頭要請が出ています」
「……擁護罪?」
「あなたの投稿は“構成員殺傷に対する擁護的見解”として、反社会的行為に該当します」
「いやっ、ちょっと待て、それ、ただの意見だろ? おかしいって……!」
「第28号法では、蟻殺しに関する擁護・正当化・同情を含む一切の表現を禁じています」
周囲の通勤客が足を止める。スマホを向ける。
中には「ざまぁ」と笑っているような者もいた。
駅の壁に貼られたポスターが目に入る。
《“蟻に優しく、人に厳しく。”市民の正義で構成員を守ろう》
手錠をかけられる直前、直也は声を荒げた。
「あいつは決して悪くなかった! なぁ、誰かおかしいと思わないのかよ……!」
だが誰も応じなかった。
黙ったまま、目を逸らすか、スマホのシャッターを西山に向け切るだけだった。
その日の夕方には、彼の投稿は削除され、
代わりに“謝罪文”とされる文章がAI音声で読み上げられていた。
「私は構成員の命の尊さを理解していませんでした――」
画面の隅に表示された一文。
《※この発言は再教育後のものです》




