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第3話 最初の“擬態”

東京都郊外、某企業の面接室。

空調の効いた清潔な部屋に、面接官が三人座っている。

本日は新卒採用の最終選考が行われていた。


「では、次の方、お名前をお願いします」


男が立ち上がった。

黒いリクルートスーツ。落ち着いた態度。だが、何かが“ずれて”いる。


「……アリヤマです。アリヤマ・ケイ」


一礼。椅子に座る所作は完璧で、無駄が一切なかった。

だが、それにしても完璧すぎる。それは逆に、異物感となって面接官たちにのしかかったのだ。


声は静かで滑らか。だが、人間的な自然さがなかった。

まるで“誰かの声”を録音して、練習を重ねたような、不気味な発音の正確さ。

答える言葉に感情の起伏はなく、だが論理的で整っていた。

面接官は戸惑いながらも、どこかで「優秀そうだ」と思ってしまう。

だが、それが、彼らの“敗北”の始まりだったのだ。



数日後。

アリヤマ・ケイは採用され、総務部に配属された。


社内ではすぐに話題になった。

その正確無比な業務処理能力。

定時の10分前には全ての書類が整い、提出されている。

ミスはゼロ。クレームもゼロ。反論もゼロ。


上司の何気ない口癖すら逐一記憶しており、翌週には会話の中で“自然に”引用してくる。

それを指摘されると、にこやかに頷くだけだった。


「ええ、田中課長が以前そう仰っていましたので」


笑顔。まるで人形のような、制御された笑み。


ある日、同僚の一人が独り言のように呟いた。


「なんかさ……アリヤマって、ちょっと怖くないか?」


「うん、ていうか“清潔すぎる”んだよ。表情とか、声とか。まるで機械みたいだよな」


彼のデスクは常に整頓され、モニターには余計なソフトが一切インストールされていなかった。

昼休みは食事を取るが、食べ物にはほとんど手をつけなかった。

ただ、水だけは大量に摂取していた。


その机の引き出しの奥には、小さな通風孔が空いていた。

その中では、銀色の繊維で構成された不自然な“巣”のような物が静かに成長していた。

肉眼では見えないが、わずかなフェロモン粒子が、空調を通じて職場全体に広がっていた。




地下ネットワーク通信ログ #Z19-NEST

送信元:擬態型兵蟻第14号「アリヤマ」

宛先:中央女王府 管理階層




【順化報告:フェーズ I-2 終了】


✅ 社会的同化完了(外見・言語・勤務習慣)

✅ 命令語取得(管理職からの命令パターン解析済)

✅ 社会的ストレス要因収集完了


付記:


上司個体の命令構造は反復性を持ち、極めて単純。


組織の実効支配には、“疲労”と“忠誠”を同時に誘導する必要がある。



アリヤマ通信文:


「人間には“常に働きたくない”という欲求的な本能を持つ。これは従属可能性を意味する。

機械よりも支配しやすい資源である。」




提案:

次段階へ移行

→ 通達フェロモンの混入(社内用コーヒー/空調フィルター経由)

→ “思考放棄”を促すマイクロ振動波の送信(昼休憩中)



アリヤマは送信を終え、静かにPCを閉じた。


彼の周囲の社員たちは、誰もこの異常さに気づいていない。

朝から晩まで、与えられたタスクをひたすら無意識に処理し、怒ることも喜ぶこともなかった。


まるで“労働という制度”に最適化された存在たち。

そう、人間こそが、蟻にとって最も管理しやすい生物だった。




翌週の朝。


総務部のフロアに、新しい社員が配属された。

名札には「アリカワ・ユイ」と書かれていた。

黒髪をきっちりと結び、目元には曇りのない無機質な笑みが浮かんでいた。


「はじめまして、アリカワ・ユイと申します。ご指導よろしくお願いいたします」


同僚が挨拶を返すと、彼女は1ミリもズレのない角度でお辞儀を返した。


その日の午後、彼女の机の引き出しにもまた、

新しい“通風孔”が開けられていた。





そしてその頃、別の企業でも――

面接室のドアがまた開かれていた。


「では、次の方、お入りください…」


どこにでもある風景。だが、そこには“擬態”が潜んでいた。


“侵略”は、戦争ではなく続々と「採用」から始まっていったのだ。


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― 新着の感想 ―
う、うーん?個人情報やなんやらはどうしたんだ? 健康診断とかあるし。
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