第274話【異世界転生】蟻帝国で無双するつもりが…これで無双…!?
目を覚ますと、俺は六本脚で土の中を這っていた。
最初は夢かと思った。いや、夢ならまだよかった。
だが、あまりに現実感が強すぎる。体がやたら軽いし、視界がモザイクみたいに細かい。どうやら──いや、認めたくはないが、俺は蟻になってしまったみたいだ…。
「おお、起きたか新入り!」
土壁の向こうから聞こえた声。現れたのは俺と同じ、小さな黒い粒。……いや、蟻だった。だが不思議なことに、何を言ってるか理解できる。まるで翻訳機でも脳に直結したかのように。
「今日からお前も俺たちの仲間だ! 歓迎するぜ!」
周囲を見渡せば、数えきれないほどの蟻たちがうごめいていた。だが、確かに感じた。彼らは俺を“仲間”として受け入れられている。
その瞬間、頭の奥に奇妙な声が響いた。
《転生特典スキル──【蟻帝王素質】発動》
……ん!?何それ。
別に俺…、特にチート転生を希望した覚えないんだけど!?
蟻としての一日が始まった。
俺はとりあえず巣の中をうろついてみた。巣穴は迷路のようで、食料庫、育児室、兵士部屋……どうやらここは「蟻帝国」と呼ばれる巨大な共同体らしい。蟻にとっては社会そのものだ。
だが、俺が動くたびに周囲の蟻達がざわつくのを感じた。
「何!あのフォルム……格好いいわ……」
「触角の角度が完璧すぎない……」
「あーもう、あの方に噛みつかれたいわ……!」
……いやいやいや。俺はただ普通に歩いてるだけだぞ!?
鏡なんてないけど、見た目はどうせ同じ普通の蟻じゃねぇーか!?
それなのに、すれ違うたびに蟻ガールズ(?)が震えてる。【蟻帝王素質】とかいう特典のせいなのか…?。
だが……。俺、意識は完全に人間のままなようだった。蟻にモテても全然嬉しくないんだけどな…。
正直、好みは今でも人間の女の子一択だ。
次の日。隣国の「赤蟻軍」が攻めてきた。
普通なら数百匹単位で激戦になるらしい。巣中に緊張が走った。
だが俺の周りだけは違った。
「彼に傷をつけるな!」
「彼のために道を作れ!」
「彼にふさわしくない者は潰すのみ!」
な、なんだこれ。俺、何もしてないのに?
蟻たちが勝手に突撃して、勝手に俺が戦うべき敵を次々と殲滅していき、俺を守ってくれる。
気づけば赤蟻軍は全滅。巣の入口で俺の目の前では、兵士蟻たちが黒い波のように押し寄せ、赤蟻軍に噛みつき、脚をへし折り、容赦なく地面に叩きつけていった。
「彼の通る道を死守せよ!」
「彼の足元に赤き血を流させるんじゃねーぞ!」
いやいや、俺そこまで歩く予定ないんだけど!?
戦場の砂埃の向こうでは、数百の赤蟻が必死に抗うも、我が帝国の兵士蟻は興奮状態。
その異様な熱狂の中心に、なぜか俺が担ぎ上げられているのがわかった。
俺の活躍はただ「え、マジで?」と呟いただけだった。
どうやら俺、戦わずして無双するチート蟻になってしまったらしい。
ありがたいけど……いや、ありがたくないかもしれないな…何も活躍してないし…。
その日の夜。俺は巣の奥深く、玉座の間へと呼ばれた。
そこで待っていたのは──女王蟻だった。
他の蟻とは比べものにならないほど大きく、堂々とした存在感。土の匂いの中に、どこか甘い香りが漂う。
その姿は畏怖を誘うはずなのに、なぜか見上げるだけで心臓がバクバクしてきた。
「今日の活躍はご苦労であったぞ…。」
低く甘やかな声が響く。思わず固まる俺。
いや待て、俺は何も活躍してないぞ…
「あなたのこと気に入ったわ!私はあなたを婚約者として選ぶわ。共にこの巣の未来を築きましょう」
「えっ!?」
女王蟻だけは格が違っていた。その威厳、その気品、その圧倒的フェロモン。
だが…、俺が欲しいのは決してフェロモンなんかじゃない。
放課後に聞こえる部活の掛け声とか、カフェでバイトの子が「ご注文は?」って微笑むあの一瞬とか……そういうのなんだ。
土のにおいよりもシャンプーの香りが恋しいし、蟻酸の刺激より炭酸ジュースのシュワシュワが飲みたい。
どうして俺だけ、転生しても“人間の日常”の意識に縛られてるんだ…。
「……はい」
気づけば思わず答えていた。
いや、そう答えざるえなかったのだ。
だが、心の奥では叫んでいた。
(違うんだよ! 俺は女子高生とか、カフェで隣に座ってる普通の人間の子とか、そういうのがタイプなんだよ! 蟻に迫られてもどうリアクションすりゃいいんだよ!)
こうして俺は、戦わずして女王の隣に座り、「蟻帝国」の次代の“蟻王”となった。
玉座の間では祝賀のフェロモンが充満し、兵士蟻も働き蟻も一斉に俺へ忠誠を誓う。
「王よ!」
「我らが王よ!」
いやいや、心の準備が……。
俺はただ、流されただけだぞ!?
だが帝国にとって、俺は希望の星らしい。
赤蟻を撃退し、女王に選ばれた蟻。誰もが俺を讃えている。
けれど内心ではまだ思っている。
(やっぱり、人間の女の子と恋愛したいなぁ……)
どうして俺の好みだけ、転生しても変わらなかったんだろう。
女王蟻は確かにすごい。気品も威厳も備えている。
でも俺の心は、土じゃなくてアスファルトの匂いを求めているんだ。制服姿の笑顔を、スマホを覗き込む仕草を、そういう“人間らしい日常”を。
──なのに、俺は蟻王。
土と闇とフェロモンの国の、次代の支配者だった。
こうして俺は、戦わずして蟻王となった。
だが本当の戦いはこれからだ。
──蟻帝国と、人間の恋愛フラグの板挟みという名の戦いが。
(あれっ…これ、まだ続く……のか?)




