第26話 今日の副菜は、適応の味
とある中学校の食堂。
昼休み、整然と給食の配給に並ぶ生徒たち。
静かに列を進め、盆に盛られる献立は、いつもと変わらぬ三品。
主菜:高たんぱく練り物(形状なし)
副菜:繊維食(黒褐色)
汁物:透明な出汁(香りなし)
一口食べても、誰も顔をしかめない。
なぜなら、それが“正しい反応”ではないと知っているからだ。
でも。
──なにも…味がしない。
それでも、誰もそれを言葉にする者はいない。
なぜなら、クラスのほとんどがもう順化しているからだ。
ある日、転校生が来た。
名を、森野ツカサという。
新潟県から転校してきたらしい。
配給された副菜を食べて、彼は眉をしかめた。
「……なにこれ、まず……」
教室が静まりかえる。
そして一様にツカサを見る。
それが“反応”だった。
適応されていない舌と脳が、「味覚の異物」を検出した証拠。
担任が無表情で近づいてくる。
「ツカサくん、ちょっと保健室行こうか…?」
「えっ…別に僕、体調大丈夫です。」
そして午後の授業には、ツカサの姿はなかった。
担任が言うには、味覚障害で一度病院に行かせるとのことだった。
翌日廊下の掲示板には、こう貼り出されていた。
対象者:森野ツカサ(13)
経過観察のため、栄養適応室へ一時移送済
今後の登校については、検査の経過によって判断されるそうだ。
周囲は特に不自然に感じず、何事もなかったように過ごす
数日後…給食時に新しい副菜が出された。
「適応練豆ペースト(改良)」とラベルが付いていた。
それを口にした生徒の一人が、ふとつぶやく。
「……前より、舌にひっかからないね」
すると、周囲の生徒たちが一斉にうなずいた。
「ね。ぜんぜん気にならない」 「すごく、滑らかだった」
だが、味について話す者は誰もいなかった。
そういえば、あの日からもうツカサは、学校に来ていない。
そして、また何事もなかったかように日常が過ぎていく…。




