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第25話 統一化加速化計画

その朝、全市区町村に「共鳴強化週間」の開始が通達された。


TV、スマートフォン、駅の発車メロディに至るまで、すべてのメディアが同じ旋律を繰り返し始めていた。

低周波と高周波を重ねた特殊音響。

“聴覚からの調律”が始まっていた。


「音は、心の湿度を揃えます」

 ――統合適応庁 聴覚環境局


それはただの音楽ではない。

一定以上の順化率を持つ者には“心地よく”、それ以下の者には“不快に”感じられるよう設計された選別用音響であった。


不快に感じた者は、自ら耳を塞ぎ、無言で施設に向かうようになる。


そう…選別者が、「自発的」に見えるように。


同時に、教育機関では「反射応答統一訓練」が義務化された。


笑うタイミングを同時にする。

驚くタイミングを揃える。

無表情に戻る速度を同期させる。


授業では、教師がスクリーンに表情を映し出し、

生徒たちはその顔を真似し、同じ表情を作る。

そして、「遅れた者」にはその日の帰宅が許されない。


「違う」とは「遅れている」の言い換えに過ぎません。

 ――感覚調整省 感応速習課




そして、さらなる政策が発表された。

【新施策:感覚統一マスクの配布】


嗅覚と聴覚をフィルターし、政府が許可した香りと音のみを受容可能にする。


装着は表向きは「任意」。ただし非装着者は公共機関の使用が制限されるので必然的に識別される。


街中では、ほとんどの人間が同じ形の無色透明のマスクをつけるようになった。

そこから発せられる匂いは、「乾いた蟻道の匂い」と呼ばれた。

だが順化していない者にはかなり異臭だ…。

だが、確実にバレないようにするにはするしかない。



次第に企業にも順化政策が押し寄せてきた。

「統一昼食制度」:全社員が同じものを食べる。香りがズレないよう配膳は自動化。


「共感発話訓練」:会話内容を“似通わせる”訓練。発話内容が一致するほど評価が上がる。


「独自性申告制度」:自分の違和感を自ら申告できる制度。報奨金つき。

 (ただしその後、必ず再適応プログラムに送致)



街頭モニターには、こう表示された。

「あなたの中の“差異”は、全体のノイズです」

「今、感じていることを“全体”に合わせてください」



テレビCMも変わった。


家族が一列に並び、食卓を囲みながら、無言で飯を食うだけの15秒CM。


子どもが親に尋ねる。

「ねえ、“わたし”って何?」


母親が、微笑んで答える。

「“わたし”は、みんなの中にいるのよ」


― 統合適応庁・家庭調和課 推奨映像 ―



香り、音、言葉、表情、思考。

あらゆるものが「平均化」される方向へと強制されていく。


順化率は、確かに上がっていった。

だがそれと引き換えに、ある現象が各地で発生しはじめていた。


「鏡に映る自分が、自分に見えない」


「友人が誰だかわからなくなる」


「昨日と今日が繋がっていない気がする」



人々は「記憶の“輪郭”が曖昧になる」体験を口にしはじめた。


精神科医は言った。

「個が消えていくのではありません。“個”という感覚自体が消滅しているのです」


精神科医ももうすでに順化されているのであった。

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