表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
233/279

第233話 蟻国交省

日本政府は新たな国家プロジェクト「巣道構想」を発表した。


「地中を活用し、蟻のネットワーク技術を応用した全自動輸送システムの構築」――そう説明されたこの計画は、“地上の道を不要にする未来の道”として歓迎された。


起点となったのは、都内の公園にあった小さな蟻塚だった。そこに開いた穴から、チューブ型のポッドが発車。人々は中に乗り込み、これまでにない“道”を移動し始めた。


巣道ソウロードと名づけられたこのシステムは、地上の交通渋滞を完全に解消し、秒速での物流を可能にした。試乗した男性はこう語っている。


「速すぎて、逆に目的を忘れるくらいでしたよ。すごい。もう歩かなくていい」


都市は静まり、地下がざわめいた。地上から人が減り、代わりに地中の巣道が都市の動脈となっていった。


だが、数週間後、異変が起きる。


「ポッドが戻らないんです。母が乗ったまま……」


そんな通報が全国の交番に相次いだ。ポッドの追跡システムには「走行中」と表示されているが、到着先が記録されていない。どこに向かっているのかさえわからない。


政府は「一時的な混雑による待機ルート」と説明し、乗員の無事を主張した。しかしその裏で、不可解な事実が漏れ始める。


――ポッドの通信ログが、地上の言語とは異なる未知の記号で埋め尽くされていたこと。


――中継基地の職員が、深夜になると「蟻のような影」を目撃していたこと。


――消えた人々の多くが、過去に蟻の行列を潰していたこと。


国土交通省が調査を始めた矢先、“蟻”が省の中枢に入り込んでいるという噂が広がり、事態は急速に闇へと沈んでいった。


ある研究者が、巣道の仕組みに疑問を持ち、模型を使って実験を試みた。ポッドにGPSと生体センサーを搭載し、観察したところ――


「巣道は“運んで”いるのではない。食べている」


そう語った彼は、巣道の構造が物理的な輸送装置ではなく、蟻の神経ネットワークを模した“情報体”に近いものだと結論づけた。


つまり、巣道は人間の移動経路や思考を“摂取”し、解析し、制御していた。人々は運ばれていたのではなく、動線そのものを吸い取られていたのだ。


彼の最終レポートには、こう書かれていた。


“巣道とは、我々の動きを模倣していたのではない。

むしろ我々の文明が、知らぬ間に蟻の巣を模倣していたのだ。”



そのレポートが公表される前日、彼もまた姿を消した。巣道に乗り込んだまま、二度と戻らなかったという。


現在、都市の主要な移動手段の70%が巣道に依存している。政府は「一時的な行方不明者」を“自発的な離脱”と再定義し、法改正によって失踪扱いすらされなくなった。


今も誰かが、日常の中で何気なく巣道に乗る。


目的地に着かないまま、家族にも知られず、静かに、確実に、

蟻たちのネットワークの一部として、消えていくのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ