第22話 終わる身体コロニー
非常に静かだった。
その男は、音もなく死んだ。
毛布にくるまった痩せた体は、冷えた床の上でひとつの“廃墟”になっていた。
だが、中身は生きていた。
彼の死は、合図だった。
そしてその瞬間、体内の巣にいた蟻たちが一斉に動き出した。
住居の終わり、そして長年住んでいた棲家への供養
──まず、唇の内側にいた数百の働き蟻が、前足で皮膚を押し開いた。
乾いた皮膚がピリッと裂け、裂け目から、黒く光る無数の蟻の頭部が“覗いた”。
次に、鼻腔から蟻が這い出る。
嗅粘膜を食い破りながら出てくるそれらは、すでに人間の匂いではなく、“屍肉の甘い匂い”に反応していた。
眼球の裏側にいた兵蟻は、圧迫された眼窩を内側から突き破り、眼球を内側から潰す。
白目と赤い粘液がドロリと垂れ、そこから何百という脚が、滑るように這い出していく。
腹部が一瞬膨らみ、腸の中から別種の蟻が口をこじ開けて出てきた。
そのまま舌を食いちぎると、ちぎった肉を自らの背中に乗せて、別の部位へと運搬する。
──“内臓輸送班”の始動だった。
肝臓は数分で空になり、肺は泡のように崩れていく。
心臓には数匹の女王付き蟻が巣を構えていたが、それも死後、即座に“食用”と認定される。
パリ、パリ、パリ……。
骨と骨の隙間に歯のような顎を押し込み、赤黒い膜を切り裂く乾いた音。
背骨の中を這い上がった兵蟻が、頸髄を噛みちぎり、脳へと続く最後の血管を分断する。
血液は流れず、吸われる。
蟻たちは乾いた体液を“吸い舐める”ように無数に群がり、
ある者は血を飲み、ある者は脂を舐め、ある者は骨髄に達する。
歯茎からは歯を抜き取る蟻もいた。「保存用」として選別されたのだろう。
──そして、数時間後。
床に残っていたのは、人間の外郭だけだった。
皮膚は剥がされ、肉は舐め尽くされ、腱は細切れになり、
最後に骨だけが、正確な人体のかたちを保ったまま並んでいた。
あまりに整っていた。
顎骨はずれず、肋骨はアーチ状に綺麗に残り、
脊椎は人間がまっすぐ寝た時とまったく同じ曲線を描いていた。
それはまるで、
「ここに一つの都市がありました」と語りかける記念碑のようだった。
そしてその横に、小さな球体――女王の卵房が安置されていた。
それは数匹の蟻によって丁寧に運ばれ、やがて別の“新たな器”へと移される予定だった。
人間は死んだ。
そしてそれとともに都市は移転した。
蟻たちは、次の棲家へと、音もなく歩き始めていた。
人体コロニーを求めて…




