第214話 蟻的SNS
朝起きて、まずスマホを手に取る。
通知は二十件。昨夜上げた「♯今日の顎」動画が、思ったより伸びていた。
動画には、鏡の前で顎をカクカクと動かし、指先を触角のように震わせる自分の姿が映っている。
自分で見返すと少し恥ずかしいが、コメント欄には「顎のリズム最高!」「触角の揺れが蟻的で可愛い」「女王様も喜ぶね!」と、賞賛の言葉が並んでいた。
(もっと……もっと蟻的にならなきゃ)
そう思いながら、俺はすぐに次の動画を撮る準備を始める。
最近は「♯女王様に届け」というタグが特に流行っている。
友人たちは皆、必死に顎を鳴らし、指を震わせては動画を投稿し合っている。
いいねやフォロワーの数は、もはや人間同士の単なる人気を示すものではない。
それは、どれだけ自分が「蟻的」であるかの証明だった。
動画をアップした後は、しばらく鏡の前で練習を続ける。
顎を左右に小刻みに動かし、時折カクカクと強めに鳴らす。
指先をそっと擦り合わせ、触角のように柔らかく揺らす。
(これなら……少しは蟻様に見初めてもらえるかな)
SNS上では、日に何人もが「本物の蟻からフォローが来た」と嬉しそうにスクショを上げている者がいる。
それは人間社会に生きる誰にとっても、最高の栄誉だった。
(いつか……俺も)
気づけば、自分の顎はひとりでにカクカクと動き続けていた。
その音が部屋に反響し、まるでどこか遠くから別の顎鳴りが呼応するように響く。
スマホを見ると、先ほど上げた動画にまた新しい「いいね」が付いている。
それを見ただけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
――誰からのいいねかなんて、本当はどうでもいい。
大事なのは、それが「蟻的」であるという事実。
(いつか必ず、本物の蟻からフォローが来る日がくる)
そう信じながら、俺は今日もまた顎を鳴らし、指先を触角のように震わせるのだった。
カク……カク……
ジョリ……ジョリ……
(スマホ画面の上)
「よし!いいぞ!もう少し右歩いて…"フォロー"のボタンそこだよ!」




