第21話 贅沢品
蟻の社会では、すべてが数と秩序に支配されていた。
地上の人口は約1億。
だが、蟻の数は数兆数京を超える。
膨大な個体数、それぞれに割り当てられた役割、働き、立ち位置。
そして――無数の階級がある。
地中の奥深く、ひときわ整然と整備された空洞には、高階層の蟻たちが暮らしていた。彼らは単に数をこなす労働者ではなく、都市設計、資源分配、知識継承を担う特別な層である。
その一角で、ひとつの“贅沢”が静かに広がっていた。
人体コロニーの所有である。
都市圏で順化が進むほど、逆説的に“順化していない人間の体”の価値は跳ね上がっていた。
なぜならそれは、完全な統制下にない空間――自律的に変化し、自由を保持したままの希少な内部環境だったからだ。
かつて人間がペットとして熱帯魚や希少生物を飼ったように、今や、蟻たちは“人間の中に住む”ということをステータスに変えつつあった。
そしてそれは、ただの住居ではない。労働や感情の機能を持つ器としての移動兼住居込みの人体コロニー。
階層蟻たちはその内部に潜り、残された“熱”を読み取り、語らい、時には眺め、そして保管する。
「これが、旧人類の“個”というやつか」
そんな会話が、地下の静かなコロニーでまことしやかに交わされていたかもしれない。
人間たちがまだ知らないところで、
彼らの価値は、贅沢品として取引されていた――。




