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第199話 蟻を数える少年

少年はいつも、学校から寄り道もせず真っ直ぐ家に帰った。


帰り道は人気ひとけがなく、誰もいないから安全だった。 家に着くとランドセルを放り投げ、庭の隅にしゃがみ込む。


そこには蟻の巣があった。


「……九十七、九十八、九十九……」


地面を忙しなく歩く黒い蟻たちを、一匹ずつ指で追いながら数えるのが少年の日課だった。


学校では誰とも話さず、ただ机にうつ伏せてやり過ごす。 それなのに、なぜか頭を叩かれたり、足を引っ掛けられたりする。


でも、ここでは誰も邪魔しなかった。 蟻たちは触角を揺らしながら、ただ一生懸命に歩いている。 それを見るのが、少年は好きだった。


「……百九十八、百九十九……」


数える声が、少し嬉しそうに弾んだ。 今日はいつもより多く数えられそうだ。


指先でそっと二百匹目の蟻を追いかけたときだった。


「晩ごはんよ!」


……母が呼ぶ声がした。


少年は顔を上げ、苛立ったように叫ぶ。


「ねえっ!! 数わからなくなったじゃないか!!?」


足元を見ると、二百匹目の蟻がじっと少年を見上げていた。


『おい、お前何番目だっけ?』


黒い小さな体から、声が染み出るように震えた。 その声を聞いた途端、少年はまた黙って蟻を数え始めた。


「……ニ百九十八、ニ百九十九……」


何度も見てきた長い行列を、もう順番などどうでもいい様子で、ただ延々と数えていく。


それからというもの、 母は息子が庭で蟻を数え終わるまで、晩ごはんを用意せず待つようになった。


台所で味噌汁をかき混ぜながら、母は小さく声を漏らす。


「……九十七、九十八、九十九……」


いつからか、母自身もまた、数を数えながら晩ごはんを作るようになっていた。


庭からは今日も、かすれた少年の声が響いてくる。


「……千二百九十八、千二百九十九……」


暮れかけた空の下で、数字だけがいつまでも、静かに積み重なっていった。


そして、台所から母の声がそっと届く。


「ねぇ、あなた……何番だったっけ?」


それはどこかくぐもっていて、笑っているようにも泣いているようにも聞こえた。

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