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第193話 蟻様バイト

「日給一万円?しかも交通費全額支給?」


大学帰りの駅前で、ふと目についた張り紙。

そこにはこう書かれていた。


【急募】蟻様関連軽作業スタッフ

◎未経験可 ◎高時給 ◎年齢不問

簡単な清掃作業です。



(……怪しい。けど、今、金欠だしな……)


俺は少し迷った末に、その場でスマホから応募フォームを送った。



翌朝、指定された場所に向かうと、スーツ姿の男が待っていた。


「あなたが新しい方ですね。こちらへどうぞ。」


案内されたのは、住宅地の裏手にある細い路地。

ただの砂利道だ。


「ここを、蟻様がお通りになります。毎朝、このルートを箒で掃いていただくだけです。」


「え、それだけですか?」


「それだけです。ただし、絶対に蟻様に触れないでください。」


拍子抜けするほど簡単だった。 ホウキを渡され、俺はその細道を慎重に掃き始めた。


(ほんとに……これだけで一万円?)


終わるとその場で現金を手渡された。封筒はずっしりと重い。




それから一週間。


毎朝決まった時間に来て、道を掃き、帰るだけ。 同じ現場には、他にもバイトらしき若い男たちが黙々と箒を動かしていた。


(楽勝じゃん。もっと早く見つけてりゃよかったな……)


しかし、一年経ったあたり…。


「君、少し慣れてきたね。次の仕事をお願いしたい。」


いつものスーツ男がそう言って、俺を別の場所へ連れて行った。


そこには蟻の行列ができていて、小さな餌の塊を数匹で運んでいた。


「これを、こちらへ移してほしい。蟻様がお運びになるには少し大きい。」


俺は言われるがまま、蟻たちの前にしゃがみこみ、小さな肉片のようなものをそっと摘んで移動させた。


蟻たちは触覚を振るわせて、俺の指を撫でるようにしてまた歩き出した。


(……触っちゃまずいんじゃなかったのか?)


そう思ったが、スーツ男は満足そうに頷いていた。



気づけば、その作業は毎日のようになった。


道を掃き、餌を持ち上げ、蟻の巣の周囲を整地する。 いつの間にか俺は、蟻様のためだけに一日中働いていた。


(俺…バイト……だったよな?これ……)


昼も夜もなく蟻様の世話をし、少しでも手を抜けば、周囲のスタッフに厳しく注意される。


「蟻様の列をまたぐなんて!謝れ!」


土下座して謝る俺の横を、蟻の行列が淡々と進んでいった。


気づけば、もう30年経っていた。大学もまだ卒業していない。

安易にはじめたバイトも楽さゆえに抜け出せなくなっていたのだ。



そして、ある夜。


ふと、ビルの窓に映った自分を見た。


作業着は埃だらけ。髪は乱れ、目は落ち窪んでいる。そして今や55歳になろうとしている。


(……俺は、毎日…毎日…なにしてんだろうな……)


そのとき、肩に小さな重みを感じた。


ふと見ると、一匹の蟻が肩に止まり、触覚を優しく頬に触れさせてきた。


(ああ……そうか……)


妙に満たされた気持ちになって、俺はまた次の餌を運ぶ。


気づけば俺は、蟻様に頭の上を歩かれるのが快感になっていた。

もう既に、 完全に蟻様の下僕になっているのだった。

自ら進んで…。



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