第186話 アリアリ調査隊
日曜の朝。
テレビ画面にはカラフルな背景と、安っぽく元気なテーマソングが流れていた。
「さあみんな!今日も『アリアリ調査隊』の時間だよ〜!」
満面の笑顔で手を振るのは、黄色いベストに虫眼鏡をぶら下げた“蟻のお兄さん”。
その足元には小さな観覧席が用意され、地元から集められた子どもたちがワクワクした顔で座っていた。
「今日はね、みんなに“蟻様”のすごーい秘密を教えちゃうよ!」
お兄さんは自信たっぷりに、小皿を掲げて見せる。
「見て見て!このお砂糖をこうやって置くとね……」
スタジオの床に小皿をそっと置く。
「……ほら!蟻様が、寄ってきてくれるんだよ!みんなで呼んでみようか!」
お兄さんは声を張り上げた。
「せーのっ!」
子どもたちは戸惑いながらも手を叩き、声を合わせる。
「ありさまー!おいでー!」
……。
どこからも蟻は出てこない。
お兄さんの笑顔が少し引きつる。
「おっかしいな〜。じゃあ、これ!蟻様は油が大好きだから、フライドポテトのかけらを──」
ぽとん、と置く。
──すると、それまで近くにいた数匹の蟻が、一斉に方向を変えてスッ……と離れて行った。
お兄さんの顔が真っ青になる。
「え、えーっと……じゃあ最後はこれだ!
みんなで手を広げて、こう言ってごらん。
『蟻様ありがとう!』ってね!そうすればもっと仲良くなれるから!」
子どもたちは目を見合わせ、不安そうに手を広げた。
「……ありさま、ありがとう……」
「さぁ、もっと大きな声で!」
「……ありさま、ありがとう……」
……。
蟻はどこにもいなかった。
スタジオは気まずい沈黙。子どもたちの頬は強張り、目線は床の一点に落ちていた。
それでもお兄さんは必死に笑顔を作った。
「じゃ、じゃあ……来週はもっと蟻様と仲良くなれる方法を──」
すると画面上に唐突にテロップが浮かんだ。
《来週から『アリアリ調査隊』は放送をお休みします》
場違いなほど明るいテーマソングが流れ出し、番組は早々に終わろうとしていた。
──そのとき、画面の隙間にセットの隅で、お兄さんがしゃがみ込み、小さな声で必死に呼んでいた。
「……蟻様……どこ……?お願いだから、来てよ……」
照明が落ち、音楽がフェードアウト。
最後に再びテロップだけが映る。
《長い間ご視聴ありがとうございました》
テレビの前の視聴者は、ただ薄気味悪いものを見たような気持ちでリモコンを置いた。
(……なんだったんだ、あの番組)
こうして蟻のお兄さんの教育番組は、子どもたちの心に妙な爪痕だけを残して、ひっそりと消えていった。