第171話 学校のテスト
三者面談の帰り道、僕は母に怒鳴られた。
「なんで、あなたこんな点数しか取れないの!? 今度進学だって控えてるのに……」
国語28点、数学19点、英語31点。 答案用紙は真っ赤なバツで埋め尽くされていた。
母は叱るだけで、僕が何に苦しんでいるかなんて見ようともしない。 ただ、僕は知りたかった。
自分がどんな人間なのかを。
──だから、やったんだ。
家に帰り、そっと机の引き出しから取り出したのは、
最近どの家にも置かれるようになった「蟻問題判定キット」だった。
教育用に開発された簡易マークシート用の“判断蟻”。
親たちの間では「受験の神様よりよっぽど信用できる」と評判だった。
そして、テスト当日。
問題用紙の上に、そっと蟻を放つ。 蟻は迷わず「イ」に進み、その後も「ア」「ウ」「ウ」「イ」と次々に選んでいった。
僕は、その選択をただ鉛筆でなぞった。
翌日、答案が返された。 担任は僕の名前を呼び、じっと答案を見つめると顔をしかめた。
「おい……。カンニングしたな? この答案は不自然すぎる」
僕は思わず冷や汗をかいた。 言い逃れはできない。小さく声を絞り出す。
「……すみません、蟻判定キットを使いました」
担任の目が細くなる。
心臓が嫌な音を立てた。もう終わりだ。そう思った。
──けれど次の瞬間、担任の顔つきが変わる。
「……蟻様が選んだのか?」
僕はおそるおそる頷いた。
すると担任は急に神妙な面持ちになり、そっと答案を机に戻すと、
大きな〇をいくつも書き込んだ。
「そうか……それなら間違いはないな。蟻様の答えだ」
そして小さく笑い、
「だが、次からは……蟻様に頼るなよ」
そう言って他の生徒たちにも答案を返し始めた。
帰り道、校舎の廊下に掲げられた校訓が目に入る。
『蟻様に学び、蟻様に倣え。』
僕は答案を胸に抱きながら、泣きそうになった。
でもその涙の理由が、安堵なのか恐怖なのか、自分でもわからなかった。
蟻様が選んだものが正解になる。
学校に行く意味なんて、あるのだろうか。 学問の意味って何なんだ。 ──本当の正解なんてあるのか。
それは、蟻だけが知っている。