表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/279

第16話 静かなる叫び ― 握り潰された内部告発

告発文書が、ひとつのUSBにまとめられていた。


送信者は、厚生労働省生物環境調整局の一職員。

仮名で署名されたその文書には、「人間の体内に設置された蟻コロニーに関する調査報告」や、「順化対象リスト」「法案裏工作の経路図」など、信じがたい情報が詰め込まれていた。


──この国は、既に“人類のための国”ではない。


差出人は文末でこう記していた。


「すでに私は監視下にある。

この情報が公になる可能性は、限りなく低い。

だがもし、まだ“順化していない”人間がいるのなら。

どうか、“忘れないで”ほしい。

この国が、静かに乗っ取られたということを。」




フリージャーナリスト・間嶋は、それを手にした夜、姿を消した。


翌朝、彼のSNSアカウントはすべて削除され、検索にも名前はヒットしなくなった。

数日後、所属していたネットメディアも突如「閉鎖」の張り紙を残し、社員は全員「円満退社」と報じられた。


誰も、騒がなかった。

メディアは沈黙し、国民もまた、静かだった。



一方、議事堂では「市民の誤情報拡散に関する緊急法案」が可決されていた。


「虚偽の情報で混乱を招いた個人や団体に対しては、厳正な対処を行います」


罰則:特別環境適応施設への隔離処分、または労務補完義務の課される“再教育措置”。




演説した議員は、以前告発文に名指しされていた一人だった。

目の焦点は合っておらず、笑顔は貼り付けたように歪んでいた。



「逃げ場がない」

そう語ったのは、かつて内部告発を受け取った一人の記者だった。


「ニュースは操作され、ネットは監視され、書店には“生物との共棲”を賛美する本ばかり。

家族の中にも、同僚の中にも、“順化された誰か”がいるかもしれない。

信じられるのは、もう自分の思考だけだ。

それすら、いつ侵されるか分からない。」



今、街からは確かに言葉が消えつつある。


目を見開いたまま通勤する人々。

ニュースで語る言葉が、どれも似通った語尾。

スーパーの陳列棚に並ぶ「協生食糧」や「外骨維持剤」に、誰も驚かない。


そして夜、アパートの一室で独り泣きながら

ひとりの市民が呟いた。


「誰か、まだ順化していない人……いますか……?」



その声は、壁に吸い込まれていった。



この世界に、もはや“異常”など存在しない。


なぜなら、正常を定義する側がすでに──もう人間ではないのだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ