第149話 《アリム童話》蟻ゼルとアリーテルと、終わらない宴
蟻ゼルとアリーテルは、腹を空かせた小さな蟻の兄妹だった。
巣では飢饉が続き、もう蓄えは尽きかけていた。 母蟻に命じられ、二匹は広い人間の街へと食べ物を探しに出る。
何日も歩き続け、ゴミ置き場を漁っては埃にまみれ、足を引きずりながらも進んだ。 もう駄目かもしれないと思った、そのとき――
目の前に、煌々と灯りのついた巨大な建物が現れた。 中から漂う匂いは、甘いシロップ、濃厚な肉汁、じっとりした血の香り……。
(……なんて、いい匂い……!)
蟻ゼルは興奮し、妹のアリーテルを引っ張って、その建物――「人間の提供所」へと潜り込んだ。
中に入ると、そこは信じられない光景だった。
長いテーブルの上には、色とりどりの内臓や切り分けられた四肢が美しく盛られ、周囲には人間たちが裸に白い布だけをまとって、静かに並んでいた。
生きたまま微笑みながら、手首を差し出したり、腹部を開いて赤い果実のようなものを露わにしたりしている。
「蟻様……どうぞお召し上がりください……」
淡い声でそう囁く人間に促され、蟻ゼルとアリーテルは小さな触角を震わせながら近づいた。
アリーテルは興奮して、白い人間の腹に開かれた皿のような臓器に顔を突っ込み、むさぼる。 蟻ゼルも夢中で赤い繊維を引きちぎった。
「うっ、」「ギャーーーーッ!!」「イタタタッ!!」人間たちの悲鳴があがる
(……天国みたいだ!)
久しぶりに腹が膨れていく。 それだけで目の奥が熱くなった。
周りを見渡すと、他の蟻たちも同じように、人間の体に群がり、幸せそうにかじりついている。 人間たちは痛みを堪えながらも、それが誇りであるかのように、うっとりとした瞳で蟻たちを見つめていた。
けれど、しばらくすると蟻ゼルはふと不安になる。
「ねぇ……アリーテル……なんかおかしくないか? ここには、出口が見つからない……。巣へ帰れないわ……。」
だがアリーテルは、血に濡れた顔でにっこり笑った。
「でも……いいじゃない……。こんなにずっとお腹いっぱいになれるなんて、幸せだよ……。」
いつのまにか周囲には、別のコロニーから来た蟻たちもぎっしり詰めかけていた。 誰も帰ろうとはしない。 皆、次々に差し出される人間の部位に舌を這わせ、ただ永遠に食べ続けていた。
テーブルの脇では給仕係の人間がそっと器具を運び、まだ意識のある人間たちに痛み止めや興奮剤を注射していた。 それでまた、人間たちは静かに蟻を迎え入れる。
蟻ゼルはぼんやりと思う。
(……やはり、新鮮が美味いな……。)
もう理屈も帰る理由も忘れた。 目の前の甘く、熱い肉だけが現実だった。
こうして蟻ゼルとアリーテルは、人間たちが自ら捧げる甘い地獄の中で、夢のように食べ続けるのだった。
蟻ゼルは、かすかに視線を落とした。
人間の目はもう濁って動かない。だが、熱はまだそこにあった。
(これだけ尽くされて、すべて与えられて……結局、俺たちは……)
そんな考えも、次の瞬間には霧のように消えていく。
アリーテルは血に濡れた口元を拭い、楽しそうに言った。
「もう、人間飽きたね……。」
テーブルの上には、まだ幾千もの手が差し出されているのに――
その声はどこか退屈そうで、つまらなそうだった。
おわり。
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素敵な午後になりますように…