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第147話 蟻の健康診断

春になると、町には水色の封筒が溢れる。


《地域調和適性検査のお知らせ》


野田蓮のだ・れんの家にも届いたその封筒を、彼はいつもの税金通知か何かのように無造作に開けた。

(なんか健康診断のようだ…)

日付と場所を確認し、受付票だけ抜き取り、深く考えることもなく後は、ゴミ箱へ落とす。


検査の日、蓮はいつもより少し早く目を覚ました。

鏡の中の顔は少し青白かったが、それを気にする理由はなかった。


受付を済ませると、番号が呼ばれるまで淡い照明の下で静かに座って待つ。

まわりには同じ町の人たちが並んでいて、誰もが当たり前のように順番を待っていた。


やがて診察室に呼ばれる。

白衣の職員が端末を見つめながら、穏やかに微笑んだ。


「野田さんですね。…検査の結果、とても良好ですよ。

このまま進んで、次の調和工程へお進みください。」


蓮は軽く頭を下げた。

なんの疑問もなかった。


小さな廊下を抜けると、薄い膜のような扉の奥に、別の部屋が広がっていた。


中央に置かれた透明の容器の中では、しっかりとは見えないが、微かに黒いものが揺れていた。

何かの薬品だろうくらいにしか思ってなかった。


そして、機械の吐き出すわずかな風が、冷たく顔を撫でた。



職員に促されるまま、蓮はそっと装置の上に体を横たえる。

柔らかい音が鳴り、淡い光が彼の腹部を照らした。


「すこし脈が速いですね。でも皆さんそうですから、大丈夫ですよ。」


看護師の手がそっと肩を押さえ、蓮は胸の奥にかすかな温かさが安心感を感じた。


看護師は穏やかに微笑むと、透明な小さな容器を手に取った。

中では暗い粒のようなものが、重たげにゆっくりと動いていた。


「少しひんやりしますよ」


看護師は言うと、柔らかなチューブを蓮の胸元へそっと差し入れた。

まるで点滴をつなぐような自然な手つきだった。


しかしその奥で、微かにざわりと何かが流れ込んでいく気配があった。

胸の奥がぞわり、と痺れるように泡立つ。


「大丈夫、大丈夫……調和が、はじまってますね」


看護師の手がそっと蓮の胸を撫でる。 その指先からはかすかに甘い匂いが漂い、頭がふわりと霞む。


蓮はただ大人しく横たわり、わずかに笑みを浮かべた。 何が自分の中へ入り込んだのか、問いただす気はもう起きなかった。


――その奥から、何かが小さく動いた気がした。


しかし蓮はそれを咎めることも、怖がることもなかった。

むしろ自然に息を整え、心のどこかで安心している自分に気づく。


モニターには地域広報の映像が流れていた。

《あなたの調和は、地域の未来です。

より良い環境を、蟻様と共に――》


画面の中で笑っている人々の口元には、小さな黒い物体が蠢いていた。



光が少し強くなると、蓮の意識はふわりと遠のいた。

胸の奥にあった微かなざわめきは、いつのまにか心地よいくすぐったさへと変わっていく。


目を閉じた彼の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。


誰もそれを異常とは思わなかった。

外の待合室には、次の番号を呼ばれた人々が静かに座って待っていた。


その頃、蓮の体内は多くのざわめきを孕みながら、静かに帰路につこうとしていた。

いつもお読み頂きありがとうございます。

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もし、良ければ気軽にリアクション、コメント、ブクマしていただけると嬉しいです。


今日も良い一日お過ごしください。

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