第143話 童話「蟻と人間」
保育所の一室。
子どもたちは薄い水色の制服を身にまとい、小さな椅子に整然と座っていた。
前の台に立つ保母は、一冊の絵本を開いて朗読を始める。
「むかしむかし、蟻様はとても働き者でした。
毎日せっせと食べ物を集めては、巣のために尽くしておりました。
一方、人間は昼間から寝そべって、ずっとテレビゲームをしたり、くだらない悪口や噂話ばっかり言って暮らしておりました。
やがて冬が来ると、人間は飢えて震え、蟻様の巣を訪れてこう言いました。
『どうか、食べ物を分けてください。私たちはもう、食べるものがないのです』
すると蟻様は静かに答えました。
『働かぬ者や、人を嘲ったりする者に分け与える食料はありません。人間は人間の愚かさと浅ましさを、よく学ぶといいでしょう』
それから人間たちは寒さに耐えきれず、凍えて死んでしまいました。
こうして蟻様の社会は、再び平穏に暮らしたのです。」
保母は本を閉じ、優しく微笑んだ。
「さあ、みんな。このお話から何が学べるかな?」
子どもたちは一斉に答えた。
「はたらかない人間や、悪口ばっかり言う人間は、いなくなったほうがいいんだよ!」
保母は満足そうに頷き、次の教材を取り出した。
窓の外を歩く大人たちは、その光景を覗き込んでも、何の違和感も覚えなかった。
誰も「昔はこれが蟻とキリギリスだった」などとは思い出さない。
むしろこれが自然で、正しい童話だと信じ切っていた。
部屋の片隅では、蟻様が静かに列を作り、保育室を観察していた。
触角をわずかに動かしながら、子どもたちの声を受け止める。
子どもたちの瞳は純粋で、穢れがなかった。