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第141話 騎馬戦の代償

中学校の運動会。

校庭は赤白の鉢巻きを巻いた生徒たちの声でにぎわっていた。


プログラムの目玉は騎馬戦。

ただし――上に乗るのは人間の生徒ではない。

小さな黒い蟻だった。


四人一組で騎馬を作り、その中央に蟻を慎重に乗せる。

彼らは、足元の地面に気をつけつつ他の騎馬に突っ込み、相手の蟻を落としたり、自分の蟻を最後まで守ったりするのだ。


「慎重にいけよ!」 「絶対、蟻様を落とすな!」


教師も笛を吹き、興奮した声で檄を飛ばしていた。

蟻は国の守護象徴であり、その命は人間と同等――いや、それ以上に尊いとされていた。



やがて試合が進み、砂埃が舞う中で、ある騎馬の上の蟻がいなくなっていることに生徒が気づいた。


「……あれ、どこいった?」


見回すと、踏み荒らされた地面の上に、小さく潰れた黒い影があった。


「嘘だろ……?」


誰の靴が、いつ踏んだのかは分からない。

だが、それはこの国では取り返しのつかない行為だった。


教師たちは顔色を変え、笛を鋭く吹いた。


「全員、その場を動くな!」


急遽、運動会は中止。


校庭には、臨時の監察テントが設置された。

生徒たちは一人ずつ呼び出され、それぞれ靴の裏の確認と、微細な表情検知器をつけられながら、尋問を受けた。


「君が最後に蟻様を見たのはいつだ?」 「なぜ、もっと注意を払わなかった?」 「隣の班の足が近づいていたのを見ただろう?」


次第に生徒たちは互いに責任を擦り付けあい、声を荒げた。


「僕じゃない!アイツが無理に走ったからだ!」 「違う!お前が寄ってきたから避けようと……!」


監察官は冷たい目で告げる。


「この事件は、国法第117条『過失殺蟻罪』に該当する重大犯罪だ。

少なくとも騎馬を組んだ四人全員に、連帯責任が及ぶ可能性が高い」


生徒の顔から血の気が引く。


「そんな…相手側のチームかもしれないじゃないですか…?」




その夜、校舎の講堂では特別臨時裁判が開かれた。


壇上には審問官と、ケースに収められた通訳蟻。

機械越しに微かな電子音が響き、それが「蟻の意向」として読み上げられる。


《……蟻社会はこの損失を重く見ています。人間たちは慎重さを欠き、尊き命を犠牲にしました》


審問官が低く告げた。


「判決を言い渡す。加害班四名には蟻奉仕刑――六ヶ月間、蟻巣維持作業に従事し、その間一切の人権を制限する。

また学校は指導責任を問われ、一定期間、教育監査下に置かれる」


家族席から悲鳴が上がり、生徒たちはその場で泣き崩れた。


翌朝、校庭の片隅では他の蟻たちが何事もなかったかのように行列を作り、砂粒を運び続けていた。


「昨日は本当にすみせんでした。」


ある教師が深々と蟻たち向かってお辞儀をする。


だが蟻は何も答えず、ただ黙々と自分たちの道を行くだけだった。



それでも人間たちは、彼らの『怒り』や『悲しみ』を勝手に想像し、互いを罰し合い続ける。


それでも、毎年運動会では騎馬戦が行われるのであった。


恒例行事の名のもとに…。



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