第134話 蟻の給食
昼のチャイムが鳴り、小学校の教室はぱっと明るい空気に包まれた。
待ちに待った給食の時間だ。
しかし、子どもたちはすぐに自分のトレーに手をつけたりはしない。
教室の隅――そこには透明なアクリル製の大きなケースが据え付けられていた。
ケースの中は薄暗く、いくつもの小道が張り巡らされている。
その奥を、黒々とした蟻様たちが行き交っているのが見えた。
給食当番は、まず蟻様専用の小さな食器に、今日の献立をきれいに盛りつける。
温かいシチュー、パン、サラダ、デザートのゼリー。
それを決められた順にケースの給餌口へ入れると、中のベルトコンベアが静かに動き、食事が運ばれていく。
子どもたちは自分の席に座り、手を膝に置き、背筋を伸ばしてその様子を見守った。
やがてケースの中で、蟻様たちが小皿へ群がり、秩序正しく食事を始める。
その光景は、神聖な儀式のようだった。
担任の先生が微笑んで言う。 「蟻様が召し上がってから、みんなの『いただきます』ですからね」
「はーい」
教室に揃った声が響く。
けれど今日は少し様子が違った。
ケースの中を見つめていた給食当番の一人が、小さく息を呑む。
「先生……今日、蟻様、全部……」
シチューの皿もパンも、きれいに何も残っていなかった。
蟻様は何も残さず、全て召し上がったのだ。
先生は一瞬目を細め、しかしすぐに柔らかな笑みを取り戻した。
「そうですか。それはそれは。蟻様に喜んでいただけて何よりです。さあ、みんな席についてくださいね」
誰も文句を言わなかった。
これがこの国の学校の、当たり前の風景だからだ。
ただ、一番後ろの席に座る転校生の少女だけは違った。
彼女はお椀を両手で包み込み、じっと机の上を見つめていた。
やがて、その瞳には涙が浮かび、彼女は慌てて袖でそれを拭った。
先生はそれを見ても何も言わなかった。
周りの子どもたちも気まずそうに目をそらし、静かに食器を片づけ始めた。
教室の隅のケースでは、また別の蟻様たちが、小道を行き交っていた。
その光景は、もう誰にとっても特別なものではなく、日常そのものだった。
そして…彼女がその環境に慣れるまで、そうは時間はかからなかった。