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第131話 蟻と会社員

昼下がりの公園。

スーツ姿の男がベンチに座り込み、缶コーヒーを片手にぼんやりと遠くを見ていた。


「はぁ……」


何度目か分からないため息をついていた。

仕事、上司、取引先、残業、数字のこと――もう頭がいっぱいだ。


そんな彼の視線に、ふと地面を歩く小さな蟻が目に入ってきた。


一匹の蟻が、土の上をゆっくりと歩いていく。

風に煽られても、どこかへ運ぶものがあるのか、触角をせわしなく動かしながら前へ進んでいく。


「……いいなぁ。お前は呑気でさ」


男はつぶやき、少しだけ笑った。


そしてスマホに目を落とす。

「取引先からの折り返しの電話、まだ来ないかな……」

小さな画面に追い立てられるように、また眉間にしわを寄せた。


風が吹いて、近くの桜の枝が揺れる。

舞い落ちる花びらは、蟻の頭の上にもそっと積もった。




一方そのころ――

先ほどの蟻が地面の下に帰ってきた。

暗く湿った巣穴の中では、蟻たちが忙しなく働いていた。


「おいっ、そこのA00491! もっとしっかり運べよ!」 「はいっ!」


帰ってきてすぐA00491は、体の三倍はある木の枝を抱えて必死に歩く。

行列は延々と続き、その先では監視の兵蟻が冷たい目で睨みをきかせていた。


「運ぶんだ、止まるな。女王様のために、コロニーのために!」


その声に、皆が一斉に頭を垂れ、また列に戻っていく。


巣の奥では、白く光る幼虫が無数に蠢き、数匹の世話役がそれに餌をやり、体を舐めて世話をしていた。


何百匹、何千匹という蟻が、目的だけを胸に黙々と働く。

そこに疑問も愚痴もなかった。


いや――

巣の隅、薄暗い角で、ほんの一瞬だけ虚空を見つめて止まる蟻がいたかもしれない。


だがすぐに背後から顎で突かれ、再び隊列へと戻っていった。

A00491もその一匹だった。



そして、地上の公園では。

A00491の苦労も知らずに、会社員はスマホを見ながら立ち上がる。


「そろそろ戻らないとな……」


まだ取引先への謝罪、上司への報告、数字を埋めるための仕事が待っている。


そして、その足元を、また一匹のA00491が必死に何かを運んで通り過ぎていく。

男はそれにまったく気づかずに、公園を後にした。


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