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第130話 アリング

最近、この街では「ジョギング」ではなく「アリング」が流行している。


アリング――それは名の通り、四つん這いになって歩く運動だ。 もともとは健康番組の特集で「四肢を均等に使うことで体幹が鍛えられる」「血流や内臓にも良い」と紹介されたのがきっかけだった。


瞬く間にテレビやネットで話題となり、 今や老若男女を問わず、早朝の公園には四つん這いで黙々と歩く人々が溢れている。


「最近、お母さんお肌ツヤツヤね」 「毎朝アリングしてるからよ。膝の皮が少し硬くなったけど、健康そのものよ」


そんな会話があちこちから聞こえてくる。


近所の広場でも、スーツ姿のサラリーマンが出勤前にネクタイを垂らしたまま四つん這いで移動し、 学生は通学カバンを背中に括りつけて器用に手足を動かしながら進んでいく。


誰もそれを奇妙だとは思わない。 道路の脇には流行に伴い「アリング優先」の白線が引かれて、車は必ず停まって彼らが横切るのを待つ。 コンビニにはアリング専用コーナーができ、子ども用の可愛い蟻型のアリングウェアや専用手袋まで売られている。


ただ――


ふと高台から街を見下ろしたとき、その異様な光景に息を呑んだ。


朝の通勤時間。 歩道も車道も、みな四つん這いでぞろぞろと同じ方向に移動していく。 カバンを背負い、尻を突き上げて手をつき、黙々と。 そこに声はなく、笑顔もなく、ただ地面を見つめて進む音だけがある。


(なんだろう……まるで蟻の行列みたいだ)


思わずそう呟いた。 けれど隣にいた友人は首をかしげ、 「なに言ってんの? 健康にもいいし、見た目だって自然じゃない」と真顔で言う。


自分だけが間違っているような気がした。


その夜、ニュース番組では今日も専門家が嬉しそうに語っていた。


「四つん這いで歩くアリングは、人間の本来のバランスを取り戻す画期的な健康法です。これからは“歩く”より“アリング”をしましょう!」


スタジオの出演者たちは一斉に頷き、 「これで寿命も延びますね」 「膝も丈夫になって、まさにいいことづくめです!」


と笑顔を見せていた。


画面の下では、次のテロップが静かに流れていた。


《来月より、一部の公園や公共施設での立ち歩きは禁止されます。 みなさまも、ぜひアリングで健康な毎日を――》


街では今日も、四つん這いの人々で賑わっている。 膝を擦る音がざわざわと響き、その長い列はどこまでも続いていた。

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