第129話 蟻の結婚式
市役所前の大広場は、朝から多くの人で埋め尽くされていた。
けれど、その誰一人として輪の中へ足を踏み入れようとはしない。
広場の中央には、小さな白い壇が設けられ、そこに色鮮やかな花々が高く積まれていた。
壇の上――
一匹の蟻が、そっと花の間から姿を現す。
そのすぐ後ろから、別の蟻がガイドラインに沿って慎重に触角を揺らしながら寄ってくる。
人々は固唾を呑んだ。
やがて、二匹の蟻は花弁の上で向かい合い、そっと触角を交わし合った。
(……始まった)
そう誰かが小さく呟くと、人々は一斉に地面に膝をつき、頭を垂れた。
その間にも、壇の下から次々と蟻が現れる。
小さな粒のような彼らは、見事な隊列を組み、花の上の新郎新婦へ向かってガイドラインに沿って整然と行進していった。
その動きは、まるで呼吸を合わせた舞踏のように滑らかで、狂いがない。
参列する蟻たちはガイドラインに沿って花の周りをくるりと一周し、そのまま列を整えたまま広場を横切り、市庁舎の脇へと消えていった。
人間たちはただその行列を静かに見守るだけだった。
泣いている者もいた。
神聖さに打たれたのか、それとも、そこに自分が決して交われないことへの寂しさからか。
「おめでとうございます……」 跪いたまま、小さな声でそう囁く人もいた。
子どもたちは母親に手を引かれ、膝をつきながら目を丸くして行進を見つめていた。
一人の少年が、そっと額に手を当てて祈るような仕草をした。
こうして、街はまたひとつの婚儀を終えた。
人々はやがて立ち上がり、何事もなかったかのように散っていく。
けれど帰り道、ふと視線を下げた人々は、歩道を行く小さな蟻の列をそっと避けて歩いた。
この国に生きる限り――
人間は決して、蟻の神聖な場を踏みにじらない。
そうして街は再びいつもの喧騒に包まれるが、どこか遠くで、まだ祝福の音楽が流れているような気がした。
はて、人間が意図的に祭り上げた祝い事…
果たして、本当に蟻の結婚式だったかは定かでない…そして花嫁も…また…