第127話 また休みか…?
「あー、また今日もかよ…」
デスクの上に置かれた出勤簿に、赤いハンコがぽん、と押されている。 そこには小さく「蟻葬」と記されていた。 ――蟻の葬式。 この国では、共生が法で強制され、蟻の死も人間の死と同等に弔うべきものとされていた。
社会人三年目の佐野はため息をつきながら、同僚の机を横目で見る。 椅子にはスーツの上着だけが寂しく掛けられ、パソコンの電源も落ちたままだ。
「今日で何日目だよ、あいつ」
先輩が呆れ顔でぼそっと言う。 佐野は手元の書類をめくりながら答えた。
「この前数えたら、今年もう330日ですよ。……ほとんど来てないっすね」
「だろ?俺なんか昨日も半日残業したのに、あいつは“蟻様が逝かれたので…”って電話一本だろ?」
二人は軽く笑ったが、それ以上深くは突っ込めない。 蟻を弔うのは重大な義務であり、それを軽んじれば社会的に抹殺される。 例え一匹の蟻であろうと、葬式を欠席させるわけにはいかなかった。
午後、社内チャットに「本日もお疲れ様です」という同僚からの定型連絡が入る。 その最後にちょこんと添えられた、
本日は蟻葬のため、またお休み頂きます。
来週は出社できると思います。
それを見て、佐野は再び息を吐いた。
(来週……って、どうせまた別の蟻が死ぬんだろうよ…)
同僚の家では、常に何百匹という蟻と共生しているらしい。 だから年間ほとんどが「葬式」。 それを咎めることも、嫌味を言うことすら許されない。
ふと窓の外を見れば、ビルの屋上で蟻の葬列が行われているのが見えた。 白い布の上に小さな黒い棺が並び、人間たちが頭を下げていた。
(こんな社会、いつまで続くんだろうな……)
佐野は胸の奥に溜まったもやもやを押し込め、またパソコンに視線を戻す。 隣の空席には、まだ葬式に行った同僚の温もりすら残っていなかった。