第124話 蟻のテーブルマナー
ファミリーレストランの一角。
テーブル席に座る三人組の若者は、スマホを机に置き、動画を大音量で再生しながら笑い合っていた。
「マジこれウケるんだけど!」
「うるさくない?ってか他の客の迷惑じゃねw」
箸をテーブルに置きっぱなしで、だらしなく頬張る。
片膝立てて、口を開けたままくちゃくちゃ食べて喋るので、ご飯や食べカスが飛び散る。
スマホはべたついた指で操作され、画面には油の指紋が無数に付いていた。
隣のテーブルの中年夫婦は、眉をひそめてそっと顔を見合わせる。
別の家族連れの小さな女の子は耳を塞ぎ、母親は困ったように目を伏せた。
(もう少し静かにしてくれればいいのに……)
そんな空気もお構いなしに、若者たちは画面を指差してゲラゲラ笑った。
一方その頃、さらに別の席。
小さな透明ケースがテーブル脇に置かれていた。
中には数十匹の蟻がきちんと円を描くように並んでいる。
ケースがそっと開けられると、蟻たちは列を崩さず、一匹ずつ小さなテーブルに降り立ち、小さく切り分けられたケーキのかけらへ向かった。
そして――
整然と列を組んだまま、最前列の蟻がちょん、とケーキを口に運ぶ。
次の蟻が続き、さらにその後の蟻がまた同じように。
まるでリレーのように、一口ごとに順番に味わっていく。
誰も押し合わず、奪い合わず。
静かに、慎ましく。
小さなテーブルの上は、完璧な秩序に満ちていた。
その様子を遠目に見ていたウエイターは思わず息を飲む。
(やっぱり蟻様は違う……人間よりよっぽどマナーがいいな……)
それでも若者たちのテーブルからは、相変わらず大きな笑い声が響く。
「うわっマジそれやば!w」
「おいポテトとってよポテト!」
「おい、それ俺んだぞ!」
指で皿をつつき、ケチャップがテーブルに垂れる。
床にも油染みが広がっていく。
後ろの席のOL二人組は不快そうに顔をしかめながら、椅子を引き寄せるようにして少しでも距離を取った。
ふと、そのテーブルの上を蟻が一匹通り過ぎた。
若者たちは「うわっ蟻様登場だぜぇ」と、何のマナーもなくスマホで撮影し始める。
だがその小さな蟻は、彼らよりずっと綺麗に――品格を持って食事をしていた。
(……人間も、見習うべきだな)
近くでそれを見ていたウエイターは、小さくそう胸の内で呟いた。