第122話 蟻のものまね芸人
舞台の上に、一人の若手芸人が立っていた。
派手なライトに照らされて汗を滲ませながら、ぎこちなく口角を上げる。
「どうもー!蟻モノマネ芸人の佐久間です!今日はね、“営業帰りの蟻様”やっちゃいます!」
そう言って彼は、四つん這いになり、顔をしかめ、両手を不規則に震わせてみせた。
「おっとっと……重い餌を運び過ぎてフェロモンラインからちょっとはみ出しちゃった〜!へへっ、すぐ戻るんで許してくださいね〜!」
客席からは、微妙な笑い声とざわめきが上がる。
いや、笑い声というより、どこか引きつったような声だった。
佐久間は焦ったように頭をかき、次のネタに移った。
「じゃ、次は“寝てる間に人間の頭を這い回る蟻様〜”。」
手を頭に当て、目を閉じ、くすぐったそうに肩を竦める仕草をする。
「うひゃひゃっ……やっぱ蟻様は、人間のプライバシーなんかお構いなしだなぁ!……なーんちゃって」
客席はシーンと静まり返った。
最前列に座るスーツ姿の中年男が、冷たい目で彼を見ているのが分かった。
終演後。
佐久間は楽屋で震えながら
「俺……間違ってないよな……?笑ってくれた人、いたよな……?」ひとり呟いた。
マネージャーが青い顔で楽屋に入ってきた。
「佐久間……お前、ネット見たか?」
佐久間は恐る恐るスマホを覗く。
SNSには「蟻様を冒涜する下品な芸」「あれは蟻様を軽蔑してる」「蟻様への愛が感じられない」「どこが面白いんだ」という非難が大量に並んでいた。
匿名掲示板には、 「そもそも蟻様をネタにするなんて罰当たり」 「蟻様に謝れ」 「もうテレビ出すな」 と罵詈雑言が飛び交っている。
佐久間は手が震えた。
「俺は……ただ少し面白くやりたかっただけなのに……」
それから数日、劇場の出待ちには罵声を浴びせるファンが集まるようになった。
「お前なんかに蟻様を語る資格はない!」 「笑いものにするな!」
泣きながら去っていく佐久間の肩に、そっと一匹の蟻が這い登った。
だが彼は気づかない。
それどころか、いつかまた舞台でネタをやる日が来ることを信じて、曖昧に笑うだけだった。
その夜――
SNSでは「彼に蟻様が一匹寄ったらしい」「やっと反省したのか」という、同情とも嘲笑ともつかない投稿が流れていた。
けれど佐久間には、蟻が自分を許してくれたのかどうか――
やはり、分からなかった。
そう…もしかしたら、もう諦めたほうがいいよとの、アドバイスだったのかもしれない…。