第12話 感性の外へ
記録コード:Z-19-RUN-1201
状態:逸脱個体追跡中
共鳴率:27%
警戒レベル:高
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長野県・御嶽山麓の廃村近く。
元報道カメラマンの須藤 慶は、古びたキャンピングカーの中で息を潜めていた。
車内には、以前都内で出会った数人で「この異常な社会に気づいた者」たちが集まっている。皆、かつては教師や介護士、編集者だった。
だが今はただの“逃亡者”だ。
「ニュース番組のキャスターの顔ぶれが、毎回決まって同じなんだよ。言ってる内容もニュアンスは違うが、ほぼ無機質で、なんか声のトーンまで一律で一緒で気持ち悪いんだよ。なっ、変だろ?」
彼がそれに気づいたのは、ほんのわずかな“感性の違い”からだった。 疑問を抱いた者たちは徐々に職場で浮いていき、家族にも見放され、最終的に社会から排除されていくようになった。
いや、排除されるのではない。 社会全体が、俺達を感化し、適応させていくのだった。
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須藤は、防犯カメラ付きのドローンを操作しながら言った。
「この山の裏に、旧軍の通信施設跡がある。そこまで行ければ、外界と遮断された“沈黙圏”に入れる。そこで……今のうちに本当の“人間の姿”を記録するんだ!」
誰かが呟いた。 「でも、もし……もう全員“あっち側”だったら?」
沈黙…。それは誰も否定できなかった。
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夜。 静寂の中、彼らは一列になって山を登る。 だが、林道の先に――異様な“静音ドローン”が浮かんでいた。
感知反応は無い。だが光だけは、こちらを照らしていて明らかに彼らを見ているようだ。
「おいっ、バレる!逃げろ!!」
一人が叫ぶ。林の中に各自散る。直後、ドローンの下部から“音”が撒かれた。 可聴域ギリギリの、耳鳴りにも似た周波数。
遅れた若い男性が、膝から崩れ落ちた。
「やめろ……やめろ……やめろぉ……!」
彼の耳に黒い蟻が入り出し、顔の表情が次第に“整い始める”。
いつの間にか泣いていた表情が、作り笑いのように歪み、それがいつの間にか無感情な笑顔へと整っていった。
「無理だ、もうそいつは置いて行け!」
須藤たちは後ろを振り返らずひたすら走る。 やがて、施設の廃墟が姿を現した。到着した須藤たちは重い扉を手動でこじ開けると、音が急に消えた。
そこは“沈黙圏”だった。
施設に到着した須藤たちは、埃まみれの地下通信室に入ってノートPCを立ち上げた。
「後世の人類たちのために、記録は絶対に残さなきゃならない……まだ、俺たちは“人間”だってことを、まだ人間であるうちに…」
誰かが静かに言った。
「でも、もう――“何人”残ってるんだろうね、まともな人間って」
沈黙だった…。
その問いには、誰も答えやしなかった。いやむしろ答えれなかったに等しい。
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Z-19報告抄録:
✅ 潜在逸脱個体:5名行方不明
✅ 第III段階:通信無効地帯における行動確認済
✅ 収束処理:追跡中(優先度:中)
✅ 作戦コード『ES-03 “感性の逃走”』発動許可済