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第119話 労災申請、通らず

ある男、神谷慎吾(33歳)は、蟻関連企業「アリマックス・コロニー管理部」に勤める中堅社員。


人間と蟻が協働する社会の中で、彼は毎日、蟻たちのための巣の整備や餌の搬入、湿度調整といった地味で過酷な作業を黙々とこなしていた。


そんなある日、慎吾は作業中に大きな石材(蟻の通路を飾る構造物)を落として腰を負傷してしまう。


これでは明らかに蟻が通行できなくなってしまった。そして神谷は明らかに過重労働による事故だった。


彼は会社に「労災申請」を出す。


しかし、戻ってきたのは――

「蟻様の通行を妨げた行為は重大な背信行為であり、自己責任」とする却下通知だった。


総務課の女性社員は、書類を睨んだまま、ひどく慎重に言葉を選ぶように話した。


「……私たちも、蟻様が実際に何をお感じになったかなんて分かりませんけど。

ただ、こういう場合、蟻様はおそらく“快く思われない”のかと……。

だから……自己責任、ですね。」


不安そうに視線を泳がせながら、でも自分が悪者にならないように、曖昧に微笑む。



上司も同じだった。


「俺だって、お前が毎日どれだけ重い資材運んでるか分かってるぞ。

しかしな……蟻様がどれだけ迷惑か、それは俺たちには推し量れないだろ?」


そう言って曖昧に笑い、書類を慎吾の前に突き返した。

それ以上、何を言ってもしょうがないという空気だけが重く流れた。


人間労働者用の匿名掲示板には、慎吾のことが晒されていた。

 「蟻に逆らって労災とかw」

 「蟻様は人間の命より尊いのに」

 「選ばれた存在に仕える覚悟が足りなかったんだよ」



やむを得ず最後に、慎吾は人権団体に相談するが、代表者はこう答える。


「まぁ、私たちは“蟻にとって好ましい社会”を目指していますからね。人間の都合は……二の次です。あきらめてください。」



絶望した慎吾は、通路の隅で腰をおさえる。

蟻たちはその周りを何事もなかったかのように行進し、誰一人彼の存在に注意を払わなかった。


そこに流れてくるのは社内放送――


「仲間のために黙って働く。それが“蟻的”な人間の美徳です」



慎吾は、腰に巻いた湿布を剥がしながら呟く。


「……俺が間違ってたんだな。やっぱり、腰の痛みなんかより、蟻様の通路のほうが大事だもんな」


慎吾の肩に、一匹の蟻が這い上がる。


彼は静かに笑顔を向け、立ち上がると、蟻たちの列に加わり――

黙々と歩き始めた。

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