第117話 蟻のグラビア
雑誌の表紙いっぱいに、光沢を帯びた黒い体。
今月号の《ANT STYLE》は、細身で均整の取れたフォルムの働き蟻を特集していた。
複眼にはライトを当てて宝石のような輝きを演出し、触角は優雅にカーブを描くよう微調整されている。
書店の雑誌コーナーには、スーツ姿の男たちが立ち並び、この小さな被写体を食い入るように眺めていた。
「……やっぱり、最高だな。この艶、完璧だ。」
「なあ見たか?脚の節のこの滑らかな曲線……たまんないよな。」
彼らは職場帰りのようにネクタイを緩めながら、雑誌を小脇に抱え、次々とレジへと向かう。
カフェのテラス席では、買ったばかりの雑誌を広げて指先でページをなぞる男たちの姿もあった。
「ふぅ……女王様も良いけど、ワーカー蟻もいいよな。働いてる姿が、またそそる……」
男はそう呟きながら、ページの端を少し舐めるようにしてめくる。
都内某所…
カメラのフラッシュが連続して光る。
撮影スタジオには、人工の巣壁が組まれ、その上で蟻が静かに脚を動かしていた。
「もっとライト当てろ!その触角の角度、最高だ!」
カメラマンは額に汗を浮かべながらファインダーを覗き込み、息を荒くしていた。
「そこだ……いいよ……!その目線だ!」
彼は夢中でシャッターを切る。 黒い小さな体を必死に追いかけ、無数のシャッター音が響き渡る。
「くっ……すごい……。この艶……この節……。」
やがて撮影が終わると、カメラマンは少し膝をつき、深く息を吐いた。
レンズ越しの世界に完全に飲み込まれてしまったように、虚ろな目で画面を見つめたままだ。
次号は《愛されるコロニー特集》。
「今度は“あなたの心に”巣を作ります」
そんな見出しの横には、小さなガラス管の中で蠢く蟻の群れが写っていた。
男たちはページをめくる手を止め、恍惚とした目でその写真を見つめる。
そして雑誌を抱え込むように胸に当て、足早に夜道を帰っていった。
──気づけばもう、雑誌の中の蟻が、彼らの心の中で卵を産みつけていた。