第116話 ANT-RANGERS(アントレンジャーズ)
テレビ画面いっぱいに広がる、煌びやかな地下都市。
その中心を、鮮やかな色のマントを翻しながら駆け抜ける5匹の蟻たち。
赤のリーダー・フォルミカレッド
冷静な知略家の青・カムポニカブルー
怪力自慢の緑・フスカグリーン
素早い斥候の黄・ニガーイエロー
そして優しき癒し手の白・アルビノホワイト。
彼らは毎日、コロニーの平和を守るために訓練を積み、女王を護り続けてきた。
だが、近頃は奇妙な事件が増えていた。
通路の一部が不自然に崩され、貯蔵庫から幼虫が消える。
仲間たちの死骸が転がる現場には、必ず謎の細長い跡が残されていた。
「これは……地上からの侵入者かもしれない」 フォルミカレッドが触角を震わせる。
「やつらは無秩序で、ただ奪い、壊す。俺たちの女王も幼虫も……」 フスカグリーンが苛立たしげに地面を叩いた。
そしてついに、とうとうその敵が姿が明らかになった。
それは皮膚が白く、柔らかく、巨大で、異様に長い四肢を持つ奇怪な生物。
「こ、これが人間って奴か……!?」
カムポニカブルーが目を見開く。
人間という生き物は何のためらいもなく巣を踏み荒らす。
平気でスコップでコロニーをほじ繰り返していき、袋に詰めて持って行く。
平和で安寧な生活を壊していく。
そして、驚いた仲間たちが飛び掛かっても、平然と払い落とされてしまうのだった。
小さな体で立ち向かう蟻たち。
顎で噛みつき、酸を吹きかけ、必死に仲間を守ろうとする。
だがスプレー状の毒霧が放たれると、仲間はバタバタと倒れ込んだ。 「ぐっ……退避しろ!女王様を守るんだ!」
「許せない……俺たちの未来を奪う気か!」
フォルミカレッドが叫ぶ。
「アントレンジャーズ、出撃!」
アントレンジャーズは隊列を組んで突撃する。
一斉に人間の足に這い上り、牙を立て、アントレンジャーズも酸を吹きかける。 だが敵は声を上げただけで、その場に倒れるわけでもない。 むしろ怒ったように殺虫スプレーを取り出した。
「ぐっ……毒霧だ、退避!」
アルビノホワイトが仲間を引き連れ、後方へと撤退する。 人間の顔には冷酷な笑みが浮かんでいた。
巣は荒らされ、コロニーには沈痛な空気が漂う。 それでもアントレンジャーズは、触角を合わせて誓いを立てた。
「俺たちは、決して諦めない。女王と、仲間と、この巣のために戦うんだ。」
テレビから流れるその掛け声に、ソファに座る子どもたちは興奮し、大喜びで手を叩く。
「レッドかっこいいー!」 「ボクはグリーンがいいな、力持ちだから!」
お菓子を食べている母親も「ほんと最近の特撮はCGすごいわねぇ」と笑いながら見守っていた。
番組が終わり、
「来週のアントレンジャーズもお楽しみに!みんな、仲間を大事にね!」
のテロップが流れると、子どもたちは勢いよく立ち上がる。
「お庭でレンジャーごっこしよう!」
「僕レッド! 悪い人間をやっつけるんだ!」
「じゃあ、ぼくイエローね! 見つけたら知らせる役!」
「よーし、ここがお城(巣)ってことにしよう!女王様を守るんだ!」
キャッキャと庭に飛び出し、棒を振り回したり、砂場をスコップで掘り返したりしながら走り回る子どもたち。
「おーい!ここ掘ったら何かいるかも!」
「敵を見つけたら倒すんだ!俺たち仲間だから!」
スコップを持った子どもは砂を勢いよく掘り返し、小さな穴を覗き込む。
もう一人は棒を突っ込んで、何かを探るようにぐりぐりと動かした。
「いた!なんか虫みたいなの出てきた!」
「やっつけろ!レンジャーだから!」
そう言って、楽しそうに笑いながら棒で何度も突き、スコップで叩きつける。
母親はスマホをいじりながら、
「ほんと、子どもって単純でかわいいわね」
と、薄く笑みをこぼした。
――誰も気づかない。
自分たちが、あのテレビの“怪物”とそっくりだということに。