第114話 ANTOPIA(アントピア)
街外れの丘の下に、新しいレジャー施設がオープンした。
名を《ANTOPIA》。 人間のために作られた、世界最大規模の「蟻のコロニー型テーマパーク」だった。
地下に広がる蟻の王国
チケットをもぎられた客たちは、ガラス張りのエレベーターで地下へと降りていく。 数十メートル、いや百メートルは下るだろうか。
扉が開くと、そこには信じられない光景が広がっていた。 無数の土の回廊とドームが幾層にも重なり、壁面を数百万匹の蟻が縦横無尽に行き交っている。 観光客用の広いトンネルからは、透明なシェルターで蟻の通り道と隔てられており、目の前を蟻が行列を作って餌や幼虫を運ぶ姿が見えた。
子どもたちは声を上げ、大人はため息をつく、皆その秩序と生命のダイナミズムに圧倒されていた。
そこに、デートを楽しむ二人
「すごいな……。まるで俺たちが蟻になったみたいだな」
蓮斗は同行の恋人・理央にそう呟いた。
「ふふっ、ほんとね。でも私、こういうの落ち着くなぁ。 なんだかずっとここにいたくなっちゃう」
理央はトンネルの壁に手を当てて、忙しく動く蟻たちを見つめていた。
「へぇ……そういうもんか?」
「だって見てよ。誰一匹さぼらないで、ちゃんと仲間のために動いてるわよ。蓮斗 だったら、絶対に誰かに不満言ってサボるでしょ?」
「はは、それは確かに……俺も会社サボりたいもんな」
二人は顔を見合わせて笑った。
どこか奇妙なホスピタリティ
パークではガイドロボットが同行し、 「こちらは蟻の孵化ドームです。どうぞ静かに……」 「蟻の女王様は一日に数百の卵を産みます。健やかな繁殖をご一緒にお祈りください」 などと穏やかに案内する。
売店では巷でも流行った「クモのハンバーガー」や「ムカデジャーキー」が飛ぶように売れ、 中には「蟻のフェロモンアロマ」を買い込んでいる客までいた。
理央がフェロモンアロマの瓶を手に取ってくる。
「これ買って部屋で焚こうよ。蟻気分になれるかも」
「それは……勘弁してほしいけど、まぁ面白そうだな」
来場者はみな満ち足りた顔をして地上に戻っていった。
しかし、それはすべて、蟻のための布石だった
パーク運営を監督するのは、《蟻類共生庁》の管轄だ。 その会議室では職員たちが資料を広げて密やかに語り合っていた。
「……ANTOPIAの人気は計画通りですね。 地下環境に慣れる人間は増えています。 適応データを蓄積して、次の地下都市開発にも利用できます」
「ええ。将来的には地上の主要エリアは共生蟻の生息圏に。 人間には地下型都市群で暮らしてもらうのが理想ですからね」
「蟻様のために、人間を地下に適応させる……人類もついに正しい役割を果たす時代が来ますね」
その眼差しは冷たく輝いていた。
知らぬ間に慣らされていく人間
蓮斗と理央はそんな意図など知らず、出口に向かいながら手を繋いで歩いていた。
「ねぇ、次はお父さんとお母さんも連れてきたいな。 お父さん、最近うつ気味だったけど、ここならきっと落ち着くはずよ」
「そうだな……。なんか地下って、意外と心地いいもんな。 暗くてひんやりして、周りにはたくさんの仲間がいてさ……」
理央が冗談めかして
「ここに住めたら楽しそうじゃない?蟻たちと一緒に。」
って笑う。
蓮斗が
「おいおい……マジでそんな未来がきたりしてな…じゃあ結婚したら、ここに住むか…」
なんて冗談を叩く。
そう呟く彼らの背後で、蟻たちは規則正しく行列をなし、触角を打ち合わせ、どこか嬉しそうに蠢いていた。
そして――
数年後、彼らが自分達の意思で地下に移住し、地上を蟻達に明け渡すことになることに、まだ誰も気付いてなかった。
また蓮斗たちも同様に…