表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/279

第113話 蟻カフェ

街で話題の《Antique Café》。


木の香りがする落ち着いた内装。

静かに流れるクラシック。

テーブルの上には細やかな蟻の行列が規則正しく並び、黒く艶やかな身体を揺らしながら小さな砂糖粒を運んでいく。


ここは、蟻と人間が共生する社会で生まれた新たな“嗜み”の場だった。



「いらっしゃいませ。こちら本日の蟻道ぎどうになります。」


ウェイターが、銀のプレートの上に微細な砂糖粒を散らすと、蟻たちがさっそく列を作り運び始める。 客は静かに微笑み、その行列を眺めながらコーヒーを口にする。


「なんて優雅なんだろう。蟻の調和は心を穏やかにしてくれるわね。」


隣のテーブルの夫人が、まるで花を愛でるように言った。



奥のカウンター。 そこで新人スタッフが、ミルに挽く豆を用意していた。


「すみません、こちらのオーダー分をお願い……」


慌ただしさの中、スタッフは小瓶を取り違えた。 カウンターには珈琲豆の瓶と、蟻の待機用瓶が並んでいたのだ。


プチ……プチ……プチ

小さな黒い蟻たちが、挽き臼に引き込まれ砕かれていく。


慌ただしく、いつもと違う音にも気付かない…


そしてカップに注がれたそれは、一見いつもの深い琥珀色の液体。


「お待たせしました。」


客の男性はゆっくりと口に含む。


……どこか甘苦く、しかし舌に残る独特の滋味があった。


「ほぉ…これは……不思議だな。いつものブレンドより、もっと深く身体に染み込む感じがする。」




だがその直後、別のスタッフが青ざめた顔で厨房に走ってきた。


「おい!それ何を淹れたんだ!? お前、もしかして……」


カウンターの瓶を確認した上司は顔色を失った。 すぐに厨房内は騒然とした空気になる。


「えっ、ちょっと……これ、まさか……蟻様を……?」



すぐに通報が入り、カフェに制服警察がやって来た。 店内の静謐な空気は一転し、ざわめきに包まれる。


「この店員を連行します。蟻類適正保護法第17条違反の疑いです。」


「ち、違うんです!ほんの手違いで……っ」


泣きそうな声を上げるスタッフを、警官は冷ややかに手錠で拘束した。 周囲の客は驚き、なかには目を背ける者もいた。


「神聖な蟻様を……挽いて飲むなんて……」


誰かが小さくそう呟いた。



残された男性客は、口の中に広がるその滋味を、複雑な面持ちで味わっていた。


(……これが、蟻の……)


だが次の瞬間、恥ずかしそうにそっとナプキンで口を拭った。


そしてまた何事もなかったように、テーブルの蟻の列を見つめ、穏やかに微笑んだのだった。


「また来るよ…。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ