第112話 蟻Tuber
「どうも〜こんにちは!アントライフチャンネルのヨシです!」
画面いっぱいに笑顔を浮かべた男が、いつものように動画をスタートさせる。
背後にはプラスチックケースがいくつも並び、その中では大小さまざまな蟻の群れがせわしなく動いていた。
「今日はですねぇ、蟻さんたちに“サプライズプレゼント”を用意しましたー!じゃじゃーん、特製ケーキです!」
テーブルの上には小さな砂糖菓子の山。
そこへ慎重に蟻を放つと、すぐに数十匹が群がり始める。
「見てくださいこの群がり方!かわいいでしょ? 人間と違って、みんな平等にシェアしてますからね!」
ヨシはカメラ目線で得意げに解説しながら、わざとらしく地面に這いつくばって蟻の目線で撮影する。
「おお〜これはまさに蟻ビュー!みなさん、これが蟻の世界ですよ!」
投稿された動画はあっという間に再生数を伸ばした。
コメント欄には称賛が溢れる。
──「人間視点じゃ見えない世界、感動しました!」
──「蟻さんにプレゼントって優しすぎる!」
──「ヨシさんもっと蟻目線動画撮って!」
ヨシは次々と企画を考えた。
「蟻のために豪邸作ってみた!」
「蟻にサバイバルさせてみたw」
「自分の顔に蟻を這わせてみた!」
視聴者は大喜びし、動画はさらにバズった。
だがある時から、ヨシの動画は少しおかしくなった。
「どうもー……今日はですね……ちょっと新しい企画です」
疲れ切った顔で、ヨシは笑う。
「俺の身体を、蟻たちに……住処として提供してみようと思います」
カメラは無言でズームする。
そこには薄く切り裂かれたヨシの腕があり、血の滲む肉の隙間から蟻が数匹、既に入り込んでいた。
「ほら……嬉しそうでしょ……? 俺の血や肉、温かいから……」
ヨシは顔を引きつらせながらも笑みを浮かべた。
「やっぱり……蟻たちの幸せが……一番だからさ……」
動画はそこで終わった。
コメント欄はいつものように賑わった。
──「本気で蟻さんのこと考えてるんだね、尊敬します!」
──「次はもっと体内見せてください!」
──「ヨシさんの愛、蟻にも伝わってるよ!」
しかし、誰も気づかなかった。
あの時、ヨシの目が一瞬だけ見せた、耐え難い恐怖の色を。
次の動画は、もう二度と投稿されなかった。
それでも蟻たちは、今日も彼の身体の中で、忙しそうに巣を広げている──。