第111話 蟻王決定戦
クイズ会場
テレビ局の巨大ホール。 「全国蟻知識王決定戦」の決勝戦の舞台には、ファイナリストの三人だけが残っていた。
司会者は高らかに声を張る。
「さあ、いよいよ最後の問題です! 優勝賞金1000万円を賭けたファイナルクエスチョン!」
照明が暗転し、巨大モニターに問題が映し出された。
Q:クロオオアリの女王蟻が一生のうちに産む卵の数の平均は?
他の出場者が一瞬戸惑っている間に、敬吾が即座に勢いよくボタンを押した。
「はいっ! お答えください、山科さん!」
「約15,000個です。コロニーによって差はありますが、平均するとそれぐらいになります。」
ピンポーン!!
正解音が会場に響き渡る。
「優勝は……山科敬吾さん!!」
会場が拍手に包まれた。 歓声に包まれながら、敬吾は強くガッツポーズを作った。
インタビューで山科敬吾は聞かれる。
「いや〜さすがです! どうしてそんなに蟻のこと詳しいんです?」
「子供のころからずっと蟻が好きで、観察してましたから。僕にとっては家族みたいなものですよ。蟻の社会は素晴らしいですよ。完全に秩序があって、誰一匹無駄がいないんですから。蟻とは仲良しですよ!」
クイズ大会も終わり、山科敬吾は楽屋に戻る。
クイズ王を獲った興奮冷めやらぬ敬吾は、局の裏でテレビスタッフに囲まれていた。
「お疲れ様です! 優勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます。いやあ、やっぱり蟻は最高ですね。」
そこへ、次の動物番組の仕込みのために、スタッフが飼育ケースを抱えて入ってきた。
「ちょっと通りますよ〜。あ、これ今日の番組で使う蟻です。」
「えっ蟻!? 見せてください!」
敬吾は目を輝かせ、勝手に近づいてケースを覗き込んだ。
「いやぁ可愛いですねぇ。見てください、この整然とした列。これは、互いに触角で会話している証拠なんです。」
そして、敬吾は指を指し
「ほら、あそこ。あれは幼虫の世話をしてるんですよ。分業が完全で、効率が良くて、無駄がないんですね。人間社会も見習わないとですね。」
「へぇ〜、やっぱり蟻博士ですね!」
笑顔でそう言うスタッフに、敬吾はさらに得意げになる。
「分かります? 蟻って、自己犠牲をいとわず仲間を守るんです。巣全体のために死ぬのも平然とやる。ほんと、素晴らしいですよね」
そう言いながら、ケースの前で顔を近づけ、ガラス越しに蟻と「目を合わせる」ように覗き込んだ。
「なあ……お前らも誇らしいだろ? 仲間のために働けるなんて……。嬉しいよな?」
そう言ってニコニコしながら、指をガラスにコツコツと当てた。
途端に蟻たちは慌ただしく方向を変え、動線が乱れ、敬吾を避けるように右往左往し始めた。
敬吾はちょっと困惑しながらも、なおも語りかける。
「ほら、大丈夫だよ……そんなに慌てなくていいんだって。君たちの社会は完璧なんだから……ね?」
指先でガラスをとんとん叩く。 蟻たちは一斉に挙動を乱し、ばらばらと逃げるように散っていった。
その様子を見て、近くにいた別のスタッフがボソリと呟いた。
「……この人、ほんとにわかってんのかよ。」
敬吾は気づいていない。 ケースの中で必死に道を探し合う蟻たちは、彼の語る理想の「自己犠牲の精神」なんて少しも感じていなかった。
ケースの中の蟻たちはただ必死に、撹乱されたフェロモンの道を探して混乱していた。 「仲間のために喜んで働く」なんて、 それは人間の勝手な解釈にすぎなかったのだ。
敬吾は、それに気づかないまま、なおも優しく微笑んでいた。
それでも敬吾は今もにこにこと、
「偉いねぇ、仲間のためにちゃんと働いて……」
そう語りかけていた。
そして、ガラスをとんとん叩く…。