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第107話 構成員

遠藤卓也えんどう・たくや、28歳。 組に籍を置く、まだ若い構成員。 人当たりの良さと気の弱さで、組内のパシリ仕事を淡々とこなしてきた。


そんな卓也に、兄貴分の成田から声がかかった。


「卓也よ。ちょっと厄介なシノギが回ってきた。……“黒いやつ”を始末しろってよ。」


「黒いやつ……? 兄貴、どこの誰です?」


「いや、依頼主は言えねぇが。……“蟻”だ。」


卓也は笑いかけたが、成田の目が笑っていないので息を呑んだ。


「おい卓也、お前知らねぇのか。“蟻”の勢力が下町に入り込んで、俺らのシマ荒らしやがってんだ。今の時代、無闇に蟻殺せないからな…害虫駆除の薬品ですら、裏ルートでしかもう手に入らないからな…」


「……マジすか。でも兄貴、蟻殺したら懲役もんでっせ!」


「しょうがねぇだろ、カシラに言われたからな…ただ“数を減らして示しをつけろ”ってことだ。要は、“俺らのエリアを通るとこうなる”って、巣に知らせるのさ。」


卓也はぎこちなく頷き、古い団地の一角へ向かった。


翌夜、卓也は組の仲間と共に、巣があると聞いた廃工場へ忍び込んだ。


鉄パイプで配管を叩くと、壁の隙間から大量の黒いものが這い出してくる。 仲間がガソリンを撒きちらし、火をつけた。


「これで……“黒いやつ”は大人しくなるだろ」


炎の中で蟻が焼けているような、パチパチと小さく弾けるような音がした。


──その時だった。


耳元で、細く甲高い音が響く。 視界の端に、見慣れない“灰色の装置”が見えた。


仲間が恐る恐る言った。 「……おい卓也……あれ……フェロモン管理標識じゃねえか?」


卓也は血の気が引いた。 「そんな馬鹿な……ここのは、ただの野良巣だって──」


「馬鹿野郎っ!! それは公営の“女王巣”だ!!」


目を疑う。 燃え上がる廃工場の中から、他よりずっと大きい女王蟻が這い出てきた。触角を必死に振り乱して、黒焦げの仲間を必死に守ろうと動いている。


卓也は震えが止まらなかった。

ふと足元を、見た…。

無数の黒い蟻がよじ登ってくる。卓也は必死に振り払いながら叫ぶ。


「やべえぞ!……俺ら、やっちまった……おいっ、逃げるぞ…」




翌日。

ニュースが大きく報じた。 《第三地区 公営女王巣 焼失 蟻族の報復活動により夜間外出禁止令を発令》


町では警察やパトロールの巡回部隊と監視員たちで溢れ返っていた。


卓也は組事務所に呼び戻されると、成田に殴られた。


「てめぇ……! なんで管理票を確認しねぇんだよ! バレたら組は“蟻庁”から永久出入り禁止になるんだぞ……!」


「……。」卓也は黙って下を向いて、返事をしない。


「おいっ、聞いてんのか!」


殴り倒された卓也の肩に、黒い小さな影が一匹這い上がる。 そして静かに卓也の耳元まで歩き触角を動かした。


卓也は「兄貴……俺は、ただ…言われた通りに…」


次の瞬間、卓也は悲鳴を上げて転げ回った。 皮膚の下で、何百もの蟻が蠢いている感覚。

口の中から数十匹飛び出してきた…。


成田がその光景に驚き、恐怖に顔を引きつらせながら後退りする。


(……蟻に喧嘩を売るってのは、こういうことだったのか…)



卓也の皮膚を突き破って飛び出してくる。続々と身体の外へ出てくる蟻の黒い群れに成田もまた、飲み込まれていった。



そして、町は静かに戻った。 蟻はまたいつものように、道路を規則正しく行列を作り、フェロモンの匂いが鼻を突く。


人間たちはその道を避け、頭を垂れて歩いていく。


「常識が変われば、世界はあっという間に反転する」

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