第106話 蟻アレルギーの少年の悲鳴
春の健康診断の結果が返ってきた日、4年1組の教室は少しざわついていた。
そんな中、松井悠真は保健室に呼ばれた。
手渡された診断票には赤い字でこう書かれていた。
【注意】蟻アレルギー:陽性
保健の先生は眉を下げて言う。
「悠真くん……残念だけど、これは大事なことだから。お家の人にも、ちゃんと話してね」
翌日から、学校での空気が変わった。
蟻アレルギー。それは「蟻を冒涜する失礼な体質」と見なされていた。
クラスの女子が囁く。 「ねえ見た? 松井くん……蟻アレルギーなんだって」
男子のグループも言う。 「ヤバくね? 蟻に失礼じゃん。よく今まで生きてこれたよな」
先生すらも苦々しい顔をした。
「悠真くん、フェロモン教育はきちんと受けてきたはずよね? 蟻様を敬いなさいと」
悠真は何度も頭を下げた。 「ごめんなさい……ぼく、ちゃんと治そうって………」
母は泣いた。
「どうして……どうしてあんたなんかが……。こんな…お母さん恥ずかしいわ……」
それでも悠真は落ち込んだ。
そして…部屋に閉じこもるようになった。
悠真はネットで調べては「蟻アレルギー改善フェロモン体操」試してみたり、毎晩、規定のフェロモンスプレーを噴霧しながら、匂いにむせて咳き込んだりもした。
悠真は治そうと必死だった。学校にも、家でも可哀想な目で見られるのが耐えられなかった。
そして…次第に心もふさぎ込むようになっていった。
吐きそうになりながらも、蟻を手の上に置いてみた。 「……お願いだから……嫌いじゃないよ……僕、蟻様のこと……好きだから……」
でも蟻はすぐに彼の匂いを嫌って逃げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
悠真は声を殺して泣いた。
その週、学校では集会が開かれた。 「フェロモン遵守教育強化月間」の式典だった。
壇上で校長が言う。 「この国は蟻様と共に歩んできました。逆らう者は、社会の敵です」
壇上の端にアレルギー児が列を成して立たされた。
そして、悠真もその一人だった。 全校生徒の前で矯正を約束することで皆から理解してもらうのが習わしだった。
悠真はぐしゃぐしゃに泣きながら、声を振り絞って宣言する。
「ごめんなさい……もう僕、蟻に逆らわないですから……ずっと従いますから……!すみませんでした…。すみませんでした…。」
会場にいた生徒や教師たちは、受け入れの拍手を送った。
──矯正されることで、より悠真は怯えるようになった。
アレルギーが怖いのではなかった…受け入れられないことのほうが恐怖だった…。
帰宅後…母が「ご近所の人に恥ずかしいから、お母さんのためにしっかり治すのよ!」にっこり微笑んだ…。