第101話 蟻セラピー 〜あなたの心に、癒しの巣を〜
最近、疲れている人が多い。
夜遅くまで仕事。
家庭では会話も減り、SNSでは誰かの幸せの“切り抜き”ばかりが流れる。
──そんな中、都市部で静かなブームとなっているのが、
《蟻セラピー》
「心が疲れたあなたに、“癒しの群れ”を──」
これは、特殊訓練を受けた「セラピー蟻」たちを身体に這わせることで、
体表フェロモンと脈拍、筋反応を読み取り、精神状態を解析・改善するという療法だった。
臨床データによれば、不眠・不安症・無気力症候群の改善率は実に92%。
“喋らなくていいカウンセリング”として、特に若者や引きこもり層に人気を博していた。
ある日、ある男が訪れる。
高橋直人37歳。
鬱病と診断され、三度目の休職中だった。
「ただ、休めって言われても、どうしたら“元気”になれるかなんてわかるわけないじゃないですか」
予約していた個室に案内されると、看護スタッフが静かに言った。
「それでは、腕をお出しください。セラピーを開始します」
──カプセルから這い出してきたのは、特殊訓練を受けた激選の艶のある黒い蟻たち100匹。
ゆっくりと、彼の腕に登っていく。
チクチクとした感触。
だが、不思議と嫌悪感はなかった。
それどころか──脳が“溶けていくような快感”を覚え始める。
画面には、精神評価AIによるフィードバックが表示される。
【診断結果】
ストレスレベル:72%(過去平均よりやや高め)
社会順応度:B
孤独フェロモン濃度:高
共感感受性:高
結論:「とても良い素材です」
──素材?
直人は読み飛ばした。どうせ専門用語だろう、と。
帰るころには、久々に肩が軽くなっていた。
蟻セラピー利用者が増えるにつれ、「ある共通点」が浮かび上がってくる。
・利用から1週間以内に急に人が変わったように元気になるがどこか無機質。
・SNSの投稿がポジティブになるが書いてあることが淡々としている。
・“群れ”を好むようになる(会社に自発的に出社し、奉仕的行動をとる)
──そして、その後。
行方不明になる。
誰も騒がない。
なぜなら、残された人々の証言はこうだったからだ。
「最近、すごく幸せそうだったから」
「まるで自分の使命を見つけたように」
「それにしても、あの人……最後、妙に蟻を見てた気がする」
蟻セラピストの端末には、こう記録されている。
【選別記録 No.84722】
個体名:高橋直人
状態:接種済み
巣候補:肝臓部位・前頭葉接合部
今期搬送予定:7名目
──蟻たちは、セラピーという名を借りて“生きた人間”の中に巣をつくっていた。
だが、誰も気づかない。
「蟻セラピー推進機構」の広告が、駅の電光掲示板に流れていた。
“あなたの中に、本当の居場所があります”
今なら無料モニター募集中! (初回500匹プレゼント)!
そして今日もまた癒しを求めて、セラピーに受けに来る人が後を絶えない…幸福を求めて…