第100話 転生〜転蟻願望(てんぎがんぼう)
「──もう、無理だ」
通勤電車のなか、村田宗介(むらた・そうすけ・39歳)は吊革を握る手を震わせながら呟いた。
スマホのニュースには、また“蟻”の話。
『来年度から、小学校でも“蟻語”の必修化が決定』 『フェロモン認証導入。口頭による意思表示は削除へ』
最近では、採用面接すらも「蟻の集団反応」によって合否が決まる。
宗介は食品メーカーに勤めていたが、「蟻好反応が薄い」という理由で、開発部署から事務に回されたばかりだった。
「もう、こんな世界にいたくねえ……人間がこんな蟻に気を遣って生活するなんて、もう終わってんだろ……」
その日、彼はふらりと、町外れの神社に立ち寄った。 昼間でも誰もいない、古びた社だ。
ふと、手を合わせてしまった。
「今の時代、どんだけ蟻になれたら楽か……神様……どうか俺も蟻になれますかね……はは、ま、冗談っすけど……」
その瞬間──耳元に、なにかの囁きが響いた。
「その願い、確かに受け取った」
彼はその瞬間真っ白になった──
──目を覚ましたときには、もう人間ではなかった。
短い触角、節のある肢、広がる土と甘い匂いの網。
宗介は蟻になっていた。
「ま、まさか……マジで……!?」
彼は興奮した。 これで、もう人間社会の理不尽に悩まされることはない。 何も考えず、群れの一部として生きていける。
「そうだ……俺はもう、何も背負わなくていいんだ……!」
──彼は、土のトンネルを駆け抜け、光の射す出口へ向かう。
「外だ! 自由だ! 俺はこれから──!」
そのときだった。
プチッ!
一瞬。
大地が、振動した。 次の瞬間、彼の視界は──黒に包まれていた。
──上履きのようなものが、彼の全身を容赦なく押し潰した。
「やべっ、踏んでしまった。なんで、こんなとこに蟻いんだよ?」
若い会社員の小さな独り言が、遠くに聞こえた。
宗介の人生──いや、「蟻生」は、
光を浴びたその3.2秒後に幕を下ろしたのだった。
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