9.一番高いやつください
ゆっくり視線を動かすと、広々とした空間には四人掛けの円卓が十個ほど置かれているほか、バーカウンター席が。ホールは二階まで吹き抜けているからすごく広く感じる。壁際に目をやると二階へ繋がる階段があって、上の階にも個室がいくつかあるみたい。飲食店? それとも宿?
店選びを間違えたかしら、と思ったけど、マスターがいるバーカウンターにひとまず座ってみた。
「……何にしますか」
「あの……実はこういうところ、初めてで。ここってどういうお店なんですか……?」
小声で尋ねてみると、がたいのいいコワモテマスターの眉がぴくりと動く。食堂だったらまだセーフなんだけど、まずい店じゃないよね!?
マスターは隅にいる客たちにちらりと目をやると声を顰めた。
「一階は酒場。二階は連れ込み部屋。お嬢さんには刺激的な店だな」
「まあ。娼館ってこと?」
「……お嬢さん、ここは娼館じゃあないぜ。勘違いしてもらっちゃあ困るな。ほら、あっちに女性がいるだろう? 男に酌をして気に入られたら、お話し合いをして上の部屋を借りるんだよ」
「なるほど。斡旋をしているんじゃなくて、あくまでも場所を提供しているってことなのね」
私の言葉にマスターが片眉を上げ、にやりと笑う。
「まあ、そういうことだ。つまり、酒も飲めないようなお嬢さんが来るようなとこじゃねぇってこと」
「あら。ここに来る女性はみんなお話し合いをしなくちゃいけないの?」
マスターはいいや、と肩を竦めた。じゃあ、バーの感覚でいいってことよね。
それはつまり、社畜会社員の憧れ、昼飲みができるってこと……?
「……飲んじゃおう」
うん。もう怖いものなしだわ。貴族の奥様が真昼間っから酒場で飲むなんてありえない? いやいやいや、奥様扱いされてない上に、世間からはこれ以上ないほど悪評立てられてるし、ひとつくらい増えても大差ないわよ。たまには飲まなきゃやってられない。
「じゃあ、お酒ください。一番高いやつ」
お金なら今いっぱい持ってる。離婚に向けたこれからの門出を祝って、先に乾杯しようじゃないの。景気づけよ、景気づけ。
「……」
一瞬固まったマスターはおもむろに後ろの棚からひとつのボトルを掴むと、グラスに注ぎ、私の目の前にすっと差し出した。
そういえば、クラリスってお酒飲むの初めてな気がする。さくらは酒豪だったなあ。
前世を思い出してしみじみしながら、琥珀色の液体を目の前にかざし口をつける。喉を通るお酒が焼けるように熱かった。次の瞬間、目がかっと見開く。
「っ! おいしっ!」
「……イケる口なのか」
「これ、ウィスキーに似ているなぁ。うふふ」
機嫌よく三杯目のグラスを片手に、にまにま飲んでいたら、聞き覚えのある声が高い位置から聞こえた。
「なんだか楽しそうだな」
「んん~?」
振り返ると、階段から降りてくる色気ムンムンのイケオジ。はだけた白シャツにトラウザーズのラフな姿なのに、醸し出す空気が艶っぽい。
「あれぇ? アロルド団ちょ~、こんにちは」
「ご機嫌なお嬢さん、隣に座っても?」
「はい、どうぞ」
……ん? アロルド団長に続いて降りてくる女性は、団長とお話し合いをして、そういうことをしてきたのかな。上気したとろけるような顔に覚束ない足元。あらあら。
お姉さんは団長に隣の席を薦められたけど、私は腰がだるいから帰るわとアロルド団長の背中をすっと人差し指で撫でて帰って行った。わお、私の顔が熱くなるわ!
私の隣に座った団長が頬杖をつき、赤くなった私の顔を覗き込む。