70.過保護団長
近くにいたカヤが「過保護団長め……」と呟いたけど、ルートヴィヒ様はどこ吹く風だ。
「そうね……。ヴェルナール領で開きたかったカフェはもっと小規模で、もふもふした動物たちと甥っ子姪っ子がキャッキャウフフしている姿だったけど……」
目の前には赤ちゃんと言えども怒らせたらこの建物を炎に包めるドラちゃんや、すでに壁を木っ端みじんにできるヒッポベイビーたち。フェンリルベイビーは先日、氷山を作りかけたと聞いたような。
うん……ちょっと。いや、かなり想像していたより強いもふもふ(&ドラちゃん)だし、子どもたちではなくコワモテ騎士が戯れているけど、だいたいイメージ通りだと思う。
そう伝えたのだけど……、ルートヴィヒ様が耳元で甘く囁いた。
「じゃあ、後は君と俺の赤ちゃんがいれば完璧ってことだね。……クラリス、早く家に帰ろうよ」
「~~~~~~っ! るぅったら!」
そんな感じで私たちは魔獣騎士団に生温かく見守られながら、すれ違った日々を埋めるように一緒に過ごし……。
理想のカップルを邪魔する悪女クラリスの存在が完全に人々から忘れ去られ、「漆黒のグリフォースは砂糖よりも甘い言葉を妻に吐くらしい」という噂がまことしやかに囁かれるようになった頃。
私は遠征から帰って来た彼をベッドの上で迎えていた。
真っ青な顔でベッドサイドに駆け寄ってきたルートヴィヒ様は、見るからに取り乱している様子。
「あ……、るぅ、おかえりなさい」
「クラリス! 大丈夫か? どこが痛い? 熱は? 気分はどう?」
「落ち着いてください」というカヤにキレる彼を見て、呆気に取られてしまう。
「……たったの一週間だぞ!? 一週間前は元気に送り出してくれたのに、少し家を空けただけでどういうことだ? カヤッ! おまえの責任だぞ!」
「チッ。カヤのせいじゃなくてルートヴィヒ様のせいなのに……」
「おまえ……! 今舌打ちしただろう? クラリスに忠実だから許してやっているが、だいたいおまえの態度は――」
「るぅ」
振り返ったルートヴィヒ様は今にも泣き出しそうだ。……一年前まで私を冷遇し……もとい。すれ違って、会話も交わさなかった旦那様とは思えない変わりっぷりに、今でも夢見心地になる時がある。
それより、これ以上カヤがふてくされてしまう前に、早く言った方が良さそう。
「るぅ、こっちに来て。あなたに見せたいものがあるの」
「ああ……クラリス、起き上がって大丈夫なのか? 今じゃなくても……」
オロオロとする彼をベッドに座らせ、私は彼の手に小さな刺繍布を載せた。
つたないながらも自らの手で縫った小さなミトン。
ルートヴィヒ様は手のひらに乗ったそれを「袋?」と言いながらいろいろな角度からじっと見つめ、「……手袋?」と言ったきり黙ってしまった。
硬直したまま言葉を発せず。ようやく気付くとはっとした表情になり、口元を手で覆った。
「……っ、これ、は……」
「おめでとう。るぅはパパになるんだよ」
「……夢じゃない? 本当に?」
「ええ」
彼は私に抱きつきキスの嵐を降らせると、まだ薄い私のお腹に額を寄せて嗚咽を漏らした。
「ありがとう……ありがとう、クラリス。……ずっとこの瞬間を、君との未来を、願ってたんだ」
白い結婚を選んでいたら、得られなかったかけがえのない命だと思うと、感慨深い。あの日選んだ選択は間違いではなかったと思えるほど、日々を愛おしく思いながら過ごしている。
翌年。私はルートヴィヒ様にそっくりな、黒髪に黒瞳の美しい男の子を出産した。レーンクヴィスト家の新たな主役の誕生だ。
特に義父母の喜びようは凄まじく、領地に籠っていた彼らは月の半分を王都で過ごすように。現在、別館を鋭意改装中である。
早々に顔を見せに連れて行った魔獣騎士団でも、アイドルとなったのは言うまでもなく。念願のもふもふと赤ちゃんの饗宴も無事に果たし、騎士と魔獣たちを悶絶させたことは、いつまでも語り継がれるエピソードになりそうだ。
アロルド団長はきっと大喜びで「お~、将来は女泣かせ間違いなしの男前だな!」なんて目を細めてくれると思ったのだけど、こちらは少し予想とは異なり。……目頭を押さえて男泣きする姿が意外すぎて驚いた。
ルートヴィヒ様いわく、「年のせいで涙腺が弱まっている」とのこと。涙もろいイケオジか。……うん、もう魅力が溢れすぎて大渋滞ね。
そんなわけで、幼い頃から魔獣騎士に親しみ、魔獣に親しんだ可愛い息子。
彼が「魔獣騎士になりたい」と口にするようになるのは当然の流れだったわけで。
この子のパートナーとなるグリフォンベイビーが生まれてくるのは、もう少し後のお話である。
本編はここまでになります。のんびり更新にお付き合いいただきありがとうございました。
次話のside storyはアロルドのお話が1話入って終わります。
どうぞよろしくお願いいたします。




