7.楽しいもふもふライフのために
翌日。いつもの朝が始まった。
ひとつ違いがあるとすれば、お見送り隊の最前列に私がいないことだ。
ルートヴィヒ様を見送るために、屋敷の前に整列する使用人たち。大型の魔獣車の中で、夫は今日も書類を眺めているだろう。……見送りの中に妻がいないことにも気づかずに。
私は自室の窓から、屋敷の前の仰々しいお見送りを見下ろしていた。
「いってらっしゃいませ」も言わせてくれない夫。
空気を読んで来るなと言うメイドたち。
奥様へのいじめを見て見ぬふりをするその他の使用人たち。
いやいやいや、どう考えたって見送りに行く必要なんてないでしょう。
朝食もやめておこう。ここぞとばかりにくるみが入っていそうだもの。街に出れば軽食を売る屋台があるし、今日は偵察がてら行ってみよう。
となると、先立つものが必要だ。
奥様用の品位維持費があるはずだけど、その管理はメイド長のオパールが行っている。つまり、私の自由になるお金がない。
「……手持ちの何かを売ってお金を作るしかないわね」
売れそうなものと言えば、やっぱりドレスかな。今世、貴族が服をリサイクルするなんて発想はないし、せいぜい寄付が関の山。だけど買ってくれる店があることを私は知っている。書物から得た知識だけど、ドレスを買ってリメイクをしたり、バラバラにして平民向けの服に仕立て直すそうだ。
とはいえ、貴族の奥様がドレスを売っているなんてバレたら、「家計が厳しいのかしら」なんて陰口を叩かれてしまう。周りまわってルートヴィヒ様の耳に入るのもめんどくさいことになりそう。つまり、内緒で売らないといけない。
私は普段使っていない方のクローゼットを開け、ため息をついた。
「オーダーメイドで作ったはずなのに……私のクローゼットの中がひどすぎる」
普段着用のワンピースは実家から持ってきたもの。結婚後に増えたドレスやワンピースは私に全く似合わないものばかりだ。
胸元が大きく空いた深紅のドレスなんて、ぼんやりした色合いの私では着こなせない。それに、フリルとリボンをたっぷり使ったピンク色のドレスも私には似合わないし好みじゃない。そもそも、ここにあるドレスはどれひとつ選んだことがないのだけれど?
きっと、オパールの好みだわ。いずれ「奥様に下げ渡された」とでも言って、メイドたちと分け合うつもりなのね。
「まったく、やりたい放題にも程がある」
まあ、そのうち業者を呼んですべて処分しましょう。
今日は持ち運びやすい宝石をいくつか換金すればいい。
宝石箱を開けて中身を確認すると、こちらはさすがに手を付けられていない様子。
ルートヴィヒ様からいただいたのは婚約と結婚の際にいただいたダイヤモンドのイヤリングにネックレス……くらいか。さすがにそれを売るのは心苦しい。
私は実家から持ってきた宝石をいくつか袋に入れることにした。
*
レーンクヴィスト家から魔獣車で向かったのだけど、最悪な態度の御者は魔獣車を止め私が降りる際、手を貸そうともしなかった。今朝、ルートヴィヒ様をお見送りしなかったことで、使用人たちの視線はいろいろだったが、この御者は私に敵意を持った様子。帰りは乗り合いを使うからいいと伝えると、喜んで帰って行った。
「まったく、呆れちゃうわね。だけど一人の方が動きやすいからいいわ」
まずは質店探しからだ。看板を頼りに案外すんなり店を特定できてしまった。宝石を売りに行くと、そこそこのお金に。やったね!
もふもふカフェのオープンにはどのくらいお金がかかるかしら。というより、どこかにもふもふカフェがないかしら。
前世、限界社畜だった花咲さくらの唯一の楽しみと言えばもふもふと戯れることだった。睡眠不足も、ぽんこつ上司の訳のわからんブッキング受注も、友達も彼氏もいない寂しさも、すべてを優しく包み込んでくれる存在。――それがもふもふ。
クラリスのストレスはすでに極限状態を越えている。癒しがなければやっていられないわっ……!
商店が軒を連ねる通りをキョロキョロ見渡しながら歩いてみるも、それらしきお店はない。よく見ると散歩中のわんちゃんもいないし、野良ねこちゃんもいない。
「どこ……? どこにもふもふがいるの……?」
ふらふらと歩いていたら、道に迷ったご婦人とでも思われたのだろうか。二人組の衛兵が声をかけてきた。
「あの……ご令嬢がおひとりで出歩かれては危ないですよ……? どうかされましたか?」