62.許された名付け
グリフォンの背に乗り、飛んで帰ったヴェルナール領。集めた素材を祖母の日誌通りに調合してもらうと、ルートヴィヒ様のグリフォンは少しずつ元気を取り戻していった。
療養の間、私とルートヴィヒ様は一緒に過ごすことも増え、兄も含めて私たちはたくさんの遊びをして過ごした。外遊びだなんて、王都に住むルートヴィヒ様にはさぞかし新鮮なことだったろう。
赤ちゃんグリフォンがすっかり元気を取り戻した頃、すでに彼らの滞在は一か月を越えていた。
ある日、うれしそうに駆け込んで来たルートヴィヒ様は、珍しく大きな声で言ったのだ。
「クラリス、クラリス! グリフォンに名前を付けることを許されたんだ!」
亡くなった時のことを考え、名付けを許されていなかったのに、それはもう大丈夫だというお墨付きをもらえたことを意味していた。赤ちゃんは助かったのだ。
「わぁ、よかったね! るぅ、名前は決めたの?」
「うん。あのね……あのね、ぼくの名前と君の名前からつけようと思ったんだ。だって、君はこの子の命の恩人だから。……ルクラってどうかな」
「ルクラ……ルクラ! いい名前! ふふっ、ルクラ~」
ぎゅうっと抱きしめたルクラはまだ小さくて。だけど、うれしそうに喉を鳴らしていたことを覚えている。
そしてとうとう、ルートヴィヒ様も王都に戻ることになった。
赤ちゃんを救った少女として認定された私が、グリフォンたちにモテモテになったのは言うまでもない。お別れをする丘で、もふもふに囲まれた私はぎゅうっと彼らを抱きしめた。
そんな私を見て、ルートヴィヒ様はぶすっと不機嫌そうな顔をしていた。
彼のことが大好きだった私は、にっこり笑ってほしくて素直に尋ねたのだ。
「立派な騎士になったら、結婚してくれる?」って。ルートヴィヒ様は恥ずかしそうに何かをもごもご言っていたと思う。
「クラリス、毎年ルクラと遊びに来るから! 元気でね!」
「うん、るぅとルクラも元気でね!」
羽ばたいていく彼らを地上から見送ったあの日から半年後、私は誘拐されてしまった。どこから話が漏れたのか、赤ちゃん魔獣の魔力詰まりを治したい悪質な密猟団に攫われ……。
無傷で帰ってきたものの。虐待された魔獣たちを目にしたことや、密猟団による脅しに心を閉ざしてしまい――。
救出された私はその日以前の記憶を封印するかのように忘れ、引きこもりの気弱なクラリスになってしまったのだ。
*
「……このことを思い出させてくれたってことは、赤ちゃんは魔力詰まりなのね」
フェンリルの黄金の瞳は細められ、呼吸はとても苦しそうなものになってしまった。私の腕の中にいる赤ちゃんフェンリルの状態もよくない。フェンリルママの期待に応えたい……。だけど、必要な薬草や鉱石はあの中にあったとしても、決定的に最後の材料がここにないのだ。
「ドラゴン……ドラゴンにあれをもらわないと、魔力詰まりを治す薬はできないの……」
赤ちゃんを抱きながら、横たわるフェンリルにもたれるように座り、苦しそうなその体をそっと撫でた。
「きっと、私の夫が私のことを探していると思う。そうしたら、すぐにドラゴンのところに連れて行ってくれるわ。だからもう少し待っていてね。今日は一緒にパーティーに参加したから、いないことにそのうち気づいてくれるはず……」
だけど、王女様に呼び出されたと思われているから、しばらく誰も気づかないかもしれない。
……ルートヴィヒ様はずっと違法商団を追っているってアロルド団長が言ってたけど、ここにいるのにもどかしい。
それに……もしかして、違法商団を壊滅させようとしていたのって、私の敵討ちもあったのかな。自意識過剰かな。
「十数年私のことを想い続けているって言ってたけど……それなら、ヴェルナール領で一緒に過ごした頃からってことか。私はあの頃の記憶がなかったのに」
グリフォンに二人の名前をとってルクラと名付け、将来結婚しようと逆プロポーズをしてきたクラリスは思い出も記憶も失い。突如引きこもりになり、自分のことも忘れてしまったら……。
ルートヴィヒ様はどんな気持ちで過ごしてきたんだろう。
あの冷遇は誤解が積み重なったものだと説明されたけど、今なら仕返しだったと言われても受け入れるよ。忘れててごめんね。
私、あなたにたくさん話したいことがあるよ。王女様とのことも、改めてあなたの言い分をきちんと話を聞くから。
「だから、るぅ。早く助けに来て……」




